俺と君の間にある壁の上で一緒にリートを奏でよう2
第二話にて漸く原作キャラ登場。というかあまりキャラを増やさない方向で行こうかと。
因みに描写がくどくて冗長なのは私の如何ともしがたい性癖なので治りません。治しません。
――――――――――――
爺さんから受け継いだ遺産の中にあった軽トラ。
それに乗って目的地へと向かっている。
行先は自宅からほど近い熊本港だ。
とは言え港にソーセージ工場が在る訳では無く、なんと海に浮かんでいるのだ。
そこはドイツのグラーフ・ツェッペリン航空母艦をモデルにしたらしい形状の大きな、いや大きいどころの話じゃない学園艦が浮いている。
驚く事にこの船の上には10万人もの人口が住んでいると聞いた。
10万人である。ちょっとした地方都市の人口だろう。
この船を持つのが黒森峰女学園という女子高で、そこが伯母の母校だと言う。
聞けば学園関係者だけじゃなく、一般市民もかなり住んでいるらしい。
それに外周を通っている道路はドイツのアウトバーンの様に制限速度が無いと言う。
まあこの軽トラじゃ入りたくもないが。
伯母はきちんとアポを取り付けてくれた様で安心した。
そもそもこんな大きな高校であるのに伯母が簡単に話を通せたかといえば、戦車道部と言う部活のOGだからだ。
彼女が現役の時は隊長を務めていたらしく、学園のOGは中々の発言権を持っているらしい。
なので今日のアポイントの相手は、運営の人間では無く、戦車道部の現隊長だと言う。
そう言った交渉事も生徒がやるのが伝統だってんだから、中々の自主性を許されている様だ。
因みにこの学園艦の母校である熊本港だが、巨大な学園艦を停泊させるために、専用の埠頭まで作ったらしい。
そりゃそうだよな。こんだけデカいのだから、水深も相当に必要だろう。
つまり黒森峰女学園は自治体にも深く根付いていると言う事になるのだろう。
港湾の工事なんて莫大な予算がいるのだろうし、普通の高校じゃあり得ない。
しかし女学園か――――つまり女の園って訳だ。
いくら商談だとはいえ、正直行きたくない。
女という生き物は怖いからな。
それをフランスで嫌って程思い知った。
どこの世界でも女は強い、そう言う事だ。
埠頭からは上陸の為の専用の橋があり、そこを渡って甲板の上に出た。
思わずため息が出る程の景色だった。
下からは見えなかったが、学園艦の上には森がかなりある。
人が住んでいる場所も丘にある街と大差ない。
視界の中に海を入れなければ、ここが箱庭のような場所だなんて誰も分からないだろう。
これだけ大きいからか、船独特の振動なんかも感じないし。
だからここに住んでいる人が酔ったりはしないんだろうな。
そして俺は道路標識に従い、目的地である黒森峰女学園に向かって軽トラを進めたのだ。
あ、因みに通ったのは一般道だ。
☆
「うおっ!? 凄い音だっ!」
砲撃音に思わず身を竦める。
学園の総務で今日のアポイントの話をすると、きちんと話は通っているが、現在戦車道部は演習中らしく、係りの人に演習場の観覧席に向かってほしいと言われた。
そこはひな壇の席があり、とても見渡しがいい。
俺がいる場所は演習場全てを見渡せる小高い場所で、眼下には起伏が多い火山灰と砂利の開けたフィールドだ。
隊長さんには係りの人が無線で連絡を入れてくれるらしく、終わればここに迎えに来るとの事だ。
なのでせっかくだから演習を見物していたのだ。
とは言え見ているのは俺一人だから遠慮なく歓声や奇声をあげられる。
凹凸の激しい土がむき出しの荒野を、赤と青の旗をつけた両陣が向かい合っていた。
どちらも扇形というか楔型というか、前が広く後ろに行くと並ぶ戦車が少なくなる陣形に見える。
先頭にいるのはタイガー戦車だ。
戦車道の存在すら知らなかった俺が何故タイガー戦車を知っているかといえば、フランスで見たからだ。
同じパン屋で修行していたドイツ人に誘われ、パリからは少し遠いが、ソミュール戦車博物館と言う場所に行った。
そこは第二次大戦中の戦車が千台近く展示保管されている。
ドイツ人はいわゆるミリタリー好きというやつで、仕事ばかりで観光すらしてない事に気付いた俺は、誘われるままに行ったのだ。
そこで知ったのは、戦車には色んな種類があると言う事だ。
戦車は戦車でしかない、そう思っていたのだが実際は違う。
火力偏重の物から速度重視まで様々なのだ。
中には凄まじい砲弾を撃つだけの固定砲台みたいな戦車もあったし。
その中で特に俺が気に入ったのがタイガー戦車と、キングタイガー戦車だった。
理由はデカい、カッコいい、それに尽きる。
むしろドイツの無骨さを象徴する様なフォルムに理屈なんかいらない。
男の子だから無条件に好きになる、そんなカッコよさがあるのだ。
70トン近くもあるこれらがズンズンと迫ってきたら相当に怖いだろうな。
後は逆に小さい戦車も気にいったな。
これはフランスの戦車で、ソミュアS35って言うのだが、まるで豆タンクだ。
何故こんな物作ったのかが謎だが、全長も3メートルも無いほどに小さい。
ただ不整地でも時速30キロ以上出るらしい。
でもこんな豆タンクがそんな速度で曲がったらひっくり返りそうだ。
まあそんな感じでそれなりに楽しめたな博物館は。
そこで見たタイガーとキングタイガーが目の前に走っているのだ。
これは興奮するに決まっている。
それをじーっと眺めていたのだが、突然先頭のタイガーと楔型に拡がった僚車が砲撃したのだ。
一斉射撃で相手陣営の戦車を集中攻撃している。
ここから現地まで多分1キロも無いだろう。
そこでこの砲撃だ。
音も凄いが空気がビリビリと振動しているのを感じる。
思わずちびりそうになったのは秘密だ。
見れば各戦車の上の所の蓋は開いており、そこから黒い帽子の女子高生が顔を出しているのが見える。
演習は模擬弾なのか、曳光弾の様に砲弾の軌跡が見えるが、車体に当たった砲弾が凄い角度で跳弾しているのも見える。
なのに女子高生たちは涼しい顔をしながら次々と戦車を進めている。
あれだな。やはり男より女の方が強い説は正しかった。
俺なら無理だ。あんな真横を砲弾が通り過ぎていくとこになんかいたくない!
それでも俺は夢中になって演習を見ていた。
この後の商談がどうなるかは知らないが、少なくともこれが見れただけでここに来た意味はあろうと言う物だ。
☆
「お待たせしました。あの、吉岡様でしょうか?」
スマートフォンで撮影した黒森峰の演習の映像を見直していると、そんな風に声をかけて来た人がいた。
よく通る声で、凛とした印象の女の子。
スマホのホームボタンをおして画面を消すと、俺は顔をあげた。
そこには黒森峰のパンツァージャケットを着込んだ細身の少女がいて、まっすぐ俺を見ている。
彼女は陽が当たると赤身がさして見える黒髪をボブショートに切りそろえており、それがとても似あっていた。
彼女は直立不動の姿勢で、俺をじっと観察している様に思える。
俺は手荷物を抱えると立ち上がって彼女の前に立った。
じっと視線が絡む。少し釣り目がちのきりっとした顔。
声の印象通りの美しい少女だと感じる。
「ああ、はい。吉岡啓二と言います。市内でパン屋を営んでいるのですが、今日はそれに使う食材をと黒森峰のソーセージを試食に来ました」
「そうでしたか。申し遅れました。私、黒森峰女学園戦車道部で隊長を任されております西住まほと申します。本日はよろしくお願いします」
自己紹介を交わすと、彼女は微かに微笑んだ。
何というか年齢以上に落ち着いている印象があり、さすがは隊長さんと言う事か。
握手を求めると応じてくれたが、その間もしっかりと俺に視線を向けており、根の真面目さがにじみ出ている様で好感が持てた。
「お忙しいのに申し訳ありません。で、実際の商談は西住さんが窓口になるんですか?」
「ええ、実は学園のソーセージ工場は我々の担当でして。なので私がお話させて頂きます」
「へぇ、伯母さんから聞いていたけれど、本当に生徒がなんでもやってるんだねえ」
「そうなります。失礼ですが伯母さまのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
社交辞令を交わしつつ本題へ。
と思ったら伯母さんの事を聞かれた。
名前を言うと目を丸くしていた。
そして態度が急に硬くなった。
なるほど、色々お堅い校風だとは聞いていたが、上下関係はかなり厳しそうだ。
思わず内心で苦笑してしまう。
「あー、いつも通りの貴女でいてください。確かに伯母はOGですが、俺は戦車道なんて最近まで知らなかった素人ですからね? ここのソーセージはとても美味しいと言うので、俺の興味はそれだけです」
「そう言って頂けるなら嬉しい。我が校の伝統で、こういった交渉事は隊長が任されるんだが、正直私は苦手でして」
「おっとそれが西住さんの地ですか?」
「あっ、その失礼した……いや、失礼しましたっ!」
「あはは、調子狂ってしまったね。いいよ普段通りで。じゃ早速ソーセージの試食をさせてくれるかな?」
「あ、ああ分かった。吉岡さんは意地悪だな。第一印象とは全然違うじゃないか」
「ごめんごめん────
あたふたする西住さんは何とも微笑ましいな。
こうなると年相応に見える。
それを誤魔化す様に彼女は首元にある無線のマイクに向かって部員の解散を告げた。
「では工場へ向かおうと思うのですが、移動はどうしますか? 車ならばこちらで用意できますが」
「工場までは結構遠いのですかね?」
「そうですね、学園艦の先端付近になりますので、ここから20分はかかるでしょう」
「なるほど、俺は今日は車で来ているので、西住さんがお嫌じゃなければ同乗して道案内して貰えます?」
「ええ、構いません。よろしくお願いします」
そして西住さんを愛車にエスコートする。
20年モノの軽トラに。
助手席のドアを開けてやると彼女は固まっていた。
さっきまであんな大きな戦車に乗っていたからな。
そのギャップたるや相当だろう。
「驚いた? あまりのボロさに。でもこれ、死んだ爺さんが譲ってくれたんだ。荷台も広いし中々重宝しているんだぜ?」
「い、いや、ボロいとかは思っていない。吉岡さんの身長から見るとこの車はあまりに小さいなと驚いたんだ」
「あー身長は無駄に高いからなぁ……確かにシートは倒れないし狭いんだ。まあ、中は綺麗にしているから安心して乗ってくれ」
「ああ、失礼する」
そうなんだよなあ。
軽トラは便利だけど、キャビンの直ぐ後ろが荷台になっているから、シートがリクライニングしないのだ。
身長が182センチあるが、運転席に座るとハンドルに膝が擦れる。
まあでも遠出するわけでもないし、別にこれでも満足だ。
西住さんがシートベルトをしたのを確認して発進した。
幹線道路に向かい、北端方向に向かう。
西住さんが言うには、畜産区画という看板が出るまで直進との事だ。
道はそれほど車が多くなく、ストレスなく進んでいく。
しかし横にいるのは女子高生であり、何を話していいか分からない。
向こうも多分そうなんだろう。なので無言の時間が続く。
「……………………」
「……………………」
無言の時間が続いている。
のだが……。
「……………………」
「……………………ねえ西住さん」
「なんだ、いやなんでしょうか」
「その、移動中に下の方を見てたら酔わない?」
「大丈夫。戦車乗りなので慣れている」
「そ、そうなんだ。ならいいんだけど」
「……………………」
凄いな戦車乗りって。俺なら既に酔っている。
違うそうじゃない。
何というかさ、話題が無くて沈黙してたと俺は思ってたんだ。
でも、信号待ちのついでに何となくルームミラーに写る西住さんを見たんだが、彼女気まずそうに沈黙している訳じゃ無く、とある一点を凝視していたのだ。
それは丁度俺と彼女の中心地点で、彼女はそこをじーっと見ている。
まるでハシビロコウの様に。微動だにせぬまま。凄まじい眼光だ。
車がまた進み始めても、身体が前後に微かに揺れただけで、やはりそこを見ている。
何というか腰がシートに吸い付いているかのようなバランス感覚だ。
「……………………」
「そろそろ突っ込もうかな? 西住さん、どうしてその紙袋を見ているのかな?」
「……………別に見てはいない」
「そ、そうなんだ。そうかそうか。あー、えっと西住さん、もしかしてカレーが好き?」
「カレーは好きだ。あれはとても素敵な食事だと思う。何故ならカレーには人間が必要な栄養が全て入っているのだから。その上スパイスは胃腸を整える作用があると言うし、精神的にも良いと聞く。故に私はカレーを愛しているの……だ……が…………その、済まない」
「お、おう。カレーがとても好きだと言う事は理解した」
紙袋の中には武蔵特製のカレーパンが30個ほど入っている。
学生が窓口なのは事前に聞いていたし、なら惣菜パンはお土産に最適だろうと思ったのだ。
普段からこのカレーを毎日作っているせいか、当初の様に室内がカレーの匂いで充満してても全く気にならなくなっている。
でもよく考えれば今の車内は相当にカレーの匂いがしている筈だ。
その紙袋をじっと見ているのだ。
恐る恐るカレーが好きかと聞いてみれば、寡黙だった彼女の印象が一瞬で消し飛び、いかに自分がカレーを愛しているかと熱弁をはじめた。素晴らしい一家言をお持ちの様だと感心する。
とは言えその最中に自分の醜態に気が付いたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまったが。
でも俺は思うのだ。カレー好きに悪人などいないと。
カレーを嫌いだって人の方が多分少ないと思うのだ。
だから西住さん、キャラが崩れようが気にする事は無いんだよ。
俺は羞恥に悶える彼女をスルーし、軽トラを路肩に止める。
え? と顔をあげる彼女をさらにスルーし、俺は紙袋からカレーパンを一つ取り出して手持ち用の小袋に移すと彼女の手に握らせた。
瞳に困惑を浮かべながら彼女は俺とカレーパンの間に視線を行ったり来たりさせている。
だから俺は言ってあげたのだ。
「食べてもいいんだよ?」
その時俺はこう思った。
西住さんって犬みたいだなって。
待て! って言われてからのよし! でご飯を食べる犬みたい。
だって夢中になって食べるんだもの。
その間、まるで食レポのタレントみたいに、うちのカレーを分析しつつ、色々な感想を教えてくれる。
何というか職人名利に尽きるなあってね。
あの世で爺さんも喜んでいる事だろう。
ちなみにあまりに美味しそうに食べてくれるものだから、彼女が食べ終わりそうになると次のカレーパンを渡すと直ぐに次に取り掛かる。
それが面白くて何度もやってみたら、結局5個目に差し掛かった所で怒られた。
中々貴重な体験だろうと思う。
結局、そのせいで工場についたのは予定の時間よりも30分遅れである。
でも俺は悪くないと思うんだ。
まさか5個も喰うとか思わないだろ?
運動部の現役女子高生の胃袋を俺は舐めていた。
多分そう言う事だろう。
☆
「だからこそ、ティーガーは素晴らしいのだ。確かにキングティーガーも素晴らしいのは認める。けれども重武装に重装甲は車重も大きくなり、当然足回りに不安が出る。その点ティーガーはフットワークは軽い。装甲に不安はあるが、角度にさえ気が付ければ並の相手じゃ抜けんよ」
未だソーセージ工場にはついていない。
相変わらず幹線道路を北上中だ。
だがさっきと少し違うのは、盛大にやらかした西住さんが開き直ったのか饒舌になった事だ。
何というか演習で腹が空いていた様で、そこに好物のカレーがあった。
条件反射的に喰いつき、腹がくちくなって漸く、自分が女性で俺が男性だと認識したのだ。
結果、盛大に赤面し、そして狼狽した。
俺も慌てたと言うか気まずくなってしまい、逃げる様に路肩に合った自販機でブラックコーヒーを買うと彼女に渡した。
脂っこくなった口の中を洗い流せとか言う謎の気遣いだ。
おろおろしながら西住さんはそれを奪う様にして一気飲みし、その後涙目で苦いと言った。
どうやら普段コーヒーを飲む時には少し砂糖を入れて飲むらしい。
そこで俺達は顔を見合わせてゲラゲラ笑ったのだ。
そして打ち解けて今に至る。
まあ沈黙が続くよりはいいのだけれど。
話題は戦車だ。
俺が随分熱心に見ていた様に感じたらしく、何故かと聞いてきた。
なのでパンの修行にフランスに行ってた時、戦車博物館で実物を見て好きになったと教えた。
彼女は将来プロ選手を目指しているらしく、実家が西住流という戦車道の家元で、彼女はその後継者らしい。
けれどいち戦車乗りとして、プロリーグが盛んな海外に挑戦してみたいと言う目標を密かに持っていると言う。
凄いなあと素直に感心した。
だって自分が高校生の頃って何も考えていなかったからな。
ただそこそこの偏差値の大学に進学し、その後ゆっくり考えようなんて思ってたもの。
そこから戦車談議が始まったのだ。
というか彼女の愛車らしいティーガー(タイガー戦車って言うと、それは英語読みだからティーガーと言ってほしいと真顔で言われた)の良い所を必死にプレゼンしてくるのを俺が相槌を打つ構図だが。
どうも俺がティーガーも好きだが更に大きいキングティーガーがもっと好きだと言うのが気に入らなかったらしい。
でも実車がさっき縦横無尽に動き回り砲撃するシーンを見てしまうとどうもねえ。
やっぱ大きい方がカッコいいと思ってしまったのだ。
「むぅ、ならパンターはどうだ? あれはいいぞ。砲撃戦も偵察も出来る万能車両だ。ティーガーⅡよりはいいのでは?」
「あはは、キングティーガーだって君の後輩が動かしているんだろう? なら褒めてやんなよ。まあティーガーの正面の角ばった感じとか、背後の排煙の所の感じとかはぶっちぎりでカッコいいけどさ」
「そうだろそうだろ。うん、吉岡さんは分かっているな。あれほど美味いカレーパンを作れるのだから当然だが」
当初のキリっとした彼女はもういなく、目をまん丸にして食い入るようにこっちを見てら。
因みに俺と彼女の間にあった紙袋は今や二つになっている。
小さい方は五つ入っており、西住さんが持って帰るそうな。
部活全体へのお土産だったんだがなぁ……。
「って西住さん、畜産地区の看板が出て来たぞ?」
「……砲の装填の早さもだな、ってむうう、ついたか。では次の信号を森側に左折してほしい」
「りょーかい」
どうやら目的地にはもうすぐつくようだ。
まだ話したりないのか西住さんはどこか不満げだが。
まあ戦車道部は規律に厳しく、上下関係はきっちりしているらしいからなあ。
隊長として振舞う時の彼女は最初の彼女の様に常に己を律していると言う。
それに不満は無いが、明け透けに話せる相手がいないのは存外ストレスが溜まるのだろう。
全く他人の俺だから、つい素の彼女が出たって所か。
まあ少しだけ人生の先輩としては、普通の彼女が見れて光栄と思えばいいのだろうか?
戦車道がどんなものかがよく分かってないのはアレなんだけれども。
ただ自分の乗る戦車を自慢気に語る彼女の表情は、なんだかとても良いと思う。
☆
「吉岡さん、吉岡さん?」
「…………んっ? ああ、ごめん。思っていた以上の規模で驚いてた」
「はは、そうか。いやでもそうかもしれないな。数千人規模の胃袋を満たすにはこれくらいの規模は必要だったらしいが、改めて見ると貴方の言う通りかもしれないな」
黒森峰女学園のソーセージ工場に来た俺達は、工場内を見下ろせる渡り廊下から作業の様子を見ている。
小学校の時の社会科見学の時みたいに。
ガラス越しに見える工場は、とぐろを巻いた生産ラインの周囲に白い専用の服を来た女子高生たちが黙々と作業に没頭している。
何か大きな機械では白い蒸気がもうもうと上がっており、あっちで肉の選別、こっちでは腸詰めの名前通りケーシングをしている。
最終的に何種類かのソーセージはハンガーみたいな物にぶら下がってどこかに運ばれていった。
きっとあの壁の向こうではまた別の作業をしているのだろう。
それを眺めていたら夢中になってしまい、西住さんが話しかけている事も気が付かなかった。
頭を掻きながら謝ると苦笑いしている。
何というか生徒がやるレベルじゃないんだよこれは。
きちんとした商業ベースの作業だと思う。
それだけ黒森峰はこの食材に力を入れていると言う事なのだろう。
聞けばドイツの文化を強く取り入れている様で、ソーセージの他にも鶏肉、じゃがいも、キャベツを大量に消費すると言う。
なるほどドイツだ。そうなると気になる物がある。
「ねえ西住さん」
「何だ?」
「こんなにドイツ文化が浸透しているならさ、もしかして……ヴァイスヴルストが食べられたりする?」
「ほう! 吉岡さんは知っていたか。勿論だ。寮の昼食、校舎での学食では生徒達は日常的に食べている。勿論私も好きだ」
「おお……ぜ、是非試食してみたいなぁなんて」
「ふふっ、吉岡さんも存外子供っぽい所があるんだなあ。いいだろう。試食は事務所でいくつかと思っていたが、せっかくであるし料理に使われているソーセージを食して貰いたい。ゲストカードを取得するので学食に行こうではないか」
「ありがたい!」
ヴァイスヴルストは日本語で言うと白いソーセージと言えばいいのだろうか?
仔牛や豚のベーコンをきっちりと挽いて、様々な香味野菜やハーブ類を練り込んでケーシングした物をブイヨンやワインで茹でた物を食べる。
日本のスーパーで売っている一般的なソーセージの様に皮ごとパリッと食べる物では無く、ナイフで皮を外して中身を食べるのだ。
なので長期保存は出来ない。非常に足の早いソーセージだ。
フランスに居た時のドイツ人の友人いわく、ドイツ人の心だそうだ。
実際ドイツ系カフェに行くと食べることが出来た。
俺も何度か食べたが、ソーセージ独特の食感を楽しむと言うよりは、肉や野菜の旨みをギュッと閉じ込め、それを楽しむためのソーセージに感じた。
確かに作った日の朝と昼しか食べないってのは納得できる。
最近ではヴァイスヴルストがデパ地下などでも見かけるが、あれは本物とは全然違う。
雰囲気はそれに似ているが、本格を楽しみたいなら作っている場所に行くしかないのだ。
ドイツ文化を愛しているならもしかしてと思ったがビンゴだった。
なら行こう、すぐ行こうと西住さんに促すと苦笑いして頷いてくれた。
そうだ、俺は食材を探しに来ているんだ。なので間違っていないのだ。
それにしても工場の子達がしきりに西住さんを見上げて手を振っていた。
黒森峰は戦車道の名門で、競技会でも何連覇もしている強豪校らしい。
その隊長はとても人気と尊敬を集めているのだな。
俺が凄いなあ西住さんはと言うと、手を振って否定していたが。
顔を赤くして必死に否定している今の彼女を、もし下で手を振る子達に見せたなら、きっともっと大騒ぎになるんだろうなぁ────
思わずそう零した俺だが、すぐに涙目で絶対に嫌だと叫んだ西住さんがとても可愛らしいと思ったのは胸にしまっておこうと思う。