朧月夜のとりあえずヤってみよう

版権作品の二次創作がメイン。小説サイトに投稿するまでもない作品をチラ裏感覚で投稿します。

TSして藤丸立夏になった男だが、好き勝手にやってたら某ぐだ子みたいになってた件4

これともう1話で書き溜めは尽きる。
最後のやつに加筆すれば終章までは行けるとは思う。
その加筆をするかはまた別の話ですが。
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「ほらもっと腰を入れろ。それでは槍がお主を振り回している様に見えるぞ」
「は、はいっ……ううう……」
「ま、少し休め。お主には土台無理なのだ。マスターよ、何故そこまで自分を追いつめる? 人理修復に臨むとなれば、戦術的にもお主は最優先で生き残る事こそが肝要であろう?」


 カルデア内のトレーニングルーム。
 そこで私はスカサハさんと対峙し、彼女に作って貰った練習用の槍で組み手をしている。
 とは言え彼女が言う通り、槍を一閃するだけで身体がよろけてしまう。
 レイシフトでコフィンの中で眠ると言うのは身体によくなさそうだと思い、普段から基礎トレーニングは続けているがこのザマである。


 これは一体何キロあるのだろう?
 彼女がルーン魔術で何やらやると、どこからともなく出て来たのがこの無骨な象牙みたいな素材の槍だ。
 意匠もクソもない。ただ振るためだけの槍だと彼女がくれた。
 そして向かい合って好きに打ち込めと言われ、多分5回か6回ほど振っただろうか?


 やぁやぁと気合いの声をかけるも、あっちにふらりこっちにふらり。
 その挙句に尻から無様に倒れ込み、呼吸を整えるだけでも死にそうだ。
 スカサハさんやクーフーは軽々と赤い槍を振るが、あれは何とかと言う幻想種で作ったらしい。
 幻想種ってのは前にフランスで襲ってきたワイバーンや竜の類いがそうだ。
 つまり私にとってはファンタジー小説に出てくる空想の生き物だ。


 それが今や、なるほどこれが幻想種なんだって思える自分が狂っていると思う。
 私は何だかとても面倒臭くなり、仰向けに寝転んだ。
 スカサハさんがふっと微笑み、私の横にあぐらをかいて座った。


「マスター、あの小娘の事を気にしているのか? 己が連れまわしたからだと罪悪感を持ったか?」
「……どうなんだろう? わかんないけど、何だかイラつきが消えないんだ。けれど誰にそれをぶつけるべきか、それもわかんない」


 彼女の言う通り、私は気にしている。
 あの過酷すぎた特異点。
 エルサレムに向かうはずが、砂漠に放り出された事から始まった物語。
 今回からダ・ヴィンチちゃんと私は正式に契約を交わし、彼女は私のサーヴァントとして同行した。


 私がここにいるのだから聖杯を手にし帰還している。
 歴史を正しい形にもどす、それも問題無く完了した。
 けれども最初から最後まで、私の心をエグり続ける様な場所だった。


 そして英霊ってなんなんだろうって改めて考えさせられたかな。
 今回の旅を通じて、色々な事を知った。
 懸命に生きている人が無残に殺されるところを山ほどみた。


 英霊、或いはそれに属する人ならざる存在。
 私に力を貸してくれる皆。
 でも、そもそもそんな存在がいなければ、人は勝手に産まれて勝手に死んでいくだけじゃないのかな。
 英霊は過去に偉業をなしたらしい英雄だ。
 でもそれは死んだからこそ伝説になっている。
 ならそのまま死んでいればいいのに。
 私はそう思わざるを得ない。


 時代を狂わせている私たちの敵は、まるで人が憎いとばかりにこんな事をしている。
 私はバカみたいだと思う。
 そんなに嫌なら一人で死ねばいいのに。


 ロマンがある時言っていた。
 人類の崩壊の兆しが現れると、抑止力と言う見えない何かそれを止めようと現れるらしい。
 それを聞いて私が思ったのは、悪徳カルト宗教の戯言みたいだって事だ。
 貴方が苦しんでいるなら祈りなさい。さすれば神は手を差し伸べるってね。


 ならその芽を好きにさせている時点で無能じゃないか。
 6つの特異点を過ぎ、私の胸に去来するのはその無責任さへの怒りだった。
 何が抑止力だ。状況はもう末期なんだ。
 末期に出てきて抑止も何もないだろうに。


 そんな超自然的な概念ならば、地球単位でそれを判断しているのかもしれない。
 でもさ、その間に散々死んでいる人間の数を考えれば、人類の崩壊を防ぐって理念に矛盾している。
 そんなもの狂信者が囀る自分たち視点の一方的な福音でしょうに。


 ならば私はそんな物に頼りはしない。
 ソロモンもお前らも一緒だよ。
 表か裏か、白か黒か。光りか影か。
 どれもこれもどっちかがあるからその反対側が産まれてるじゃない。
 だったら私はどっちも信用しないし組しない。
 自分の意思だけで全部壊してやる。


 そんな風に破滅的な思考に傾くほど、第六の旅は過酷だったんだ。
 スカサハさんに訓練を頼んだのは、自分の不甲斐なさに情けなくなったからだ。
 戻ってきて、先輩お疲れ様でしたと微笑むマシュの目と鼻から血が流れ、ゆっくりと傾いてリノリウムの床に前のめりに倒れた。
 私が受け止めてやる間もなく、彼女は白い床に後頭部を見せ、それを縁取るように赤い花が咲いたのだ。


 取り乱すロマン。
 医療担当でもある彼はそれでも冷静さを取り戻し、マシュをストレッチャーに載せて運んでいった。
 ダ・ヴィンチちゃんからも旅の途中で詳しい話を聞いたからね。
 マシュはあと1年持たずに死ぬんだってさ。


 それでも彼女は私と同じ景色を見たいと子犬の様に寄り添う。
 私はどんな言葉を彼女にかければ良かったのだろう?
 その真実を知っても尚、何を言うのが正解なんだろう?
 何かの選択肢を与えるにも短すぎるよ。残り時間が。


 ねえ神様。貴方が神様と呼ばれる程の力があるなら、今すぐマシュを救いなよ。
 この無垢で、いや無垢だからこそこの大いなる茶番に翻弄されている。
 誰よりも純粋で、誰よりも無知なこの娘をさ。


 女神ロンゴミニアドの嘆き。
 彼女もきっと正義なんだろう。
 ファラオ、オジマンディアスの心も。


 でもさ、円卓の騎士は本の中から出てくるなよ。
 何が聖槍だ。
 何が聖剣だ。
 お前らみんなその謎の武器に翻弄されているのに気付かず、自分が大層な存在だって勘ちがいしてるだけだろう?


 あの狂った旅の中で、輝きながら儚く命を燃やし尽くした人をたくさん見た。
 砂漠の民。アーラシュ。ベディヴィエール。
 彼らは物凄く人間だった。
 アーラシュは英霊だけど、本当に偉大で最後まで人だった。
 ベディヴィエールは人間らしく迷い、落とし前をつけた。


 でもどれもこれも聖剣だのなんだのに狂わされてるじゃん。
 そのしりぬぐいを私たちが身を削ってしている様な物だ。
 円卓だって何ら特別じゃなかった。
 ギフトに狂わされ非道を働いていたけれど、彼が生きていた時代に、もし宝具めいた存在が無くても、やはり同じように血は流され、エゴはぶつかって争っていたでしょうに。
 アーサー王が女であろうがなかろうが、あの島はいつだって戦乱が続いたんだし。
 結局は全て、そんな訳の分からない力に溺れ狂っただけじゃん。


 人間は生にしがみ付いて、無かったら無いなりに生きるんだよ。
 生き汚いから人間なんだよ。
 私がカルデアに来てからの旅、そこで出会った様々なドラマ。
 それをどうにか血を吐きながら乗り越え、その度に人ならざる者への疑念と嫌悪が増すばかりだ。


 だからこそ終わらせなくちゃいけない。
 人間の手で、きっちりと。
 そうじゃなければあまりに人間は救われない。
 ただ普通に生きる、たったそれだけの事が許されないとかあり得ない。


「ねえスカサハさん」
「なんだ?」
「私を……戦えるようにしてよ」


 彼女の真っ赤な瞳と私の震える視線が混じりあう。
 でも私は絶対に逸らしはしなかった。
 やがて彼女は深いため息をついて私を無言で抱きしめたのだ。
 サーヴァントにもこうして体温がある。
 なんだかとても不思議だなって思ったんだ。
 でもとても悲しかった。 




 ★



「せんぱい……申し訳ありません……もうすぐ、動けますから……」


 無菌室めいた医療ルーム。
 入る前に防護服を着て全ての爪の間も綺麗にして漸く入室が許される場所。
 マシュはそこで何本もの管を繋がれ横たわっていた。
 胸や陰部が辛うじて隠れている程度のほぼ裸体。
 ふとベッド脇にあるバイタルを管理する計器には、この部屋が23度ほどだと表示が見える。
 そうだとしても何かしら着てなきゃ肌寒いって思うんだ。
 私は椅子を手繰り寄せ座り、努めて穏やかな顔を作ってマシュの頭を撫でる。


「大丈夫だよマシュ。無理はしないで。マシュがどれだけ私を慕おうが、同じくらいマシュが大事なんだ私。だから下手な気休めは言わないよ。使命の重大さも、マシュの責任感も理解している。でもマシュが私のサーヴァントだって思うなら、今は回復に専念して」
「せんぱい……わたしは……」


 マシュは瞳のふちに涙をため、もぞりと身じろぎした。
 内罰的なきらいのあるマシュ。無理にでも起きようとしている。
 私はふうと溜息を一つ。ちらりと視線をずらせば、気を効かせてガラスの向こうにいるロマンと目が合う。
 彼もまた肩をすくめ同じように溜息を吐いた。ここの会話をモニターしてるのだろう。
 私はマシュの肩を優しくベッドに押し付け、相変わらず新陳代謝の少ない彼女のさらりとした頭をまた撫でた。
 まるで甘える猫の様に私の手に身体ごと押し付ける様な感じがある。


「とにかく焦らないでね。次の特異点まで少し時間があるから。私も私でスカサハさんと訓練してるんだよ?」
「せんぱいが、ですか……?」
「うん。こんなにおっぱい大きいマシュがあんなに動けるんだからね。私も後輩には負けたくないからさ」
「せんぱいもおっきいです」
「うん、まあ、そうね。持てる者の余裕の発言よね。マシュ、言う相手はちゃんと確認するんだよ? 間違ってもあの引きこもってるポンコツ所長の前では言わない事」
「ふふっ……はい、りょうかいです……わたしは、せんぱいのサーヴァントですから……」
「うん、そうだよ。マシュは私の物。だから焦らなくていいから今は寝なさい」
「はい……おやすみなさい……」


 私はそう言うと、マシュを撫でていた手で彼女の瞼を閉じた。
 落ち着いたのか素直に眠るマシュ。
 私はしばらく彼女の頬を撫でていたが、数分もしないでマシュは静かな寝息をたてている。
 彼女がここに運び込まれて2日。
 まだ何をするにも体力が足りないんだろう。


 私はマシュが眠ったのを確認し、医療ルームを出た。
 プシュリとエアが抜ける音。
 中と外の気圧に高低差をつけ、ほこりなどが外から入らない様になっているんだろう。
 そうして暗がりの前室にいたロマンと目があい、暫く無言で見つめあった。
 何も表情の無いロマンは、普段とはイメージが真逆だ。
 優男の真顔ってけっこう不気味よね。


「ロマン、少し話がある。ちょっと顔貸して」


 そうして私は返事を聞かずに廊下に出た。
 向かったのは食堂を含んだ居住区画。
 ここは食堂の他にもシアタールームみたいな場所もある。
 とは言え外部からのネットが無いから映画の一つも見れないけれど。


 その代わりに大型ディスプレイにはカルデアの外の景色を環境映像の様に映し出す事が出来る。
 とは言えそれは現在のではなく、まだ人理が焼却される前のだが。
 そのスイッチを押すと、ディスプレイには輝く様な雪山の映像が静かに流れた。
 これでクラシックやポップスが流れていたら深夜のNHKの様だ。
 このカルデアがあるのはアルプス山脈のどこかだと聞いた。
 薄暗いこの部屋に映像の明るさだけが間接照明の様に照らす。


「…………立夏ちゃん、どうしたの?」


 きちんとついて来ていたロマンの声が私の背中に届く。
 その声は酷く平坦で、意図的に感情を出さない様に気を使っているのが分かる。
 ねえロマン、そう言うのはすぐに伝わるんだよ。


 私のサーヴァントに呪腕のハサンと言う名前のアサシンがいる。
 彼は私に忠誠を誓うかのように従ってくれるけれど、どこか父親の様に私を心配してもくれる。
 彼らは暗殺者であり、気配を消して敵に忍び寄るのが得意なサーヴァントだ。
 戦闘能力自体は非力な部類だろう。
 でも近寄って急所を突くならば、その非力さなど些細な話だ。
 生きているなら必ずどこかしら急所がある。彼らはそこを最短距離で突けばいいのだから。
 つまり彼らはとても優秀なのだ。


 そんなハサンが前に教えてくれたことがある。
 それは私が戯れに、どうしてそんな見た目なのに誰にも気配がばれないのと聞いたからだ。
 彼は気配遮断というスキルがあると言う前提はあるにせよ、気配を消す事自体にはコツがあると言う。
 実際彼らの生前にはスキルなんて概念は無い。
 スキルとはそもそも英霊としてかつての行動や偉業が概念として具現化した恩恵なのだから。


 つまり彼らは気配遮断スキルと同等の事を生前にも出来ていたのだ。
 そんなハサンが言うには、気配を極限まで消すのは愚行だと言う事。
 相手が素人ならそれでもいいけれど、少しでも武の嗜みがあるなら別だと言う。
 私は軽く驚いた。気配を完全に消した方が気付かれないだろうと普通なら思うでしょ?


 でも実際は、完全に気配を消してしまうと逆にばれるという。
 というのも一見何も無い空間にも何かしらの動きがある。
 それは例えば風の揺らぎとかそう言うのだ。埃が宙を漂い、かならず何かしらの動きがある。
 だからこそ極限まで気配を消し、その場所に完全に近い無を作ると不自然なのだ。
 なので彼らはその場にある状態を出来るだけ利用して、最低限の気配消失で潜伏するという。
 消すでは無く、溶け込む、それが本質なんだと。


 なるほどなーと思わず私は唸った物だ。
 とは言えマネできるレベルの話じゃないけれど。
 彼らが出来るなら、私のやる事は必要な場所に必要な人を送る事だしね。


 今のロマンの表情にはそんな不自然さがある。
 それじゃ何か疚しい事があるって宣伝しているみたいだよ、ロマン。
 私は彼を軽く睨み、溜息を一つ。そして言った。


「ねえロマン。マシュの事はもういいんだ。どういう理由があっても、現実にマシュは存在しているからね。それにロマンだって好き好んでやった訳でもないんでしょ? 前所長とかの柵もあったんだろうし。だからそれはいい。でもね、キャメロットの時から、いや思い返せばもっと前、それこそロンドンや北米の時からずっと私は気になっていたんだよね。だから敢えて聞くけれど、ロマン、何か私に言う事は無いのかな?」
「それは…………どういう意味だい?」
「これまでの一年近くの時間の中で、色々な事があったよね。正直最初の方はレイシフトをするのが辛くてさ、ロマンを恨んだりもしたけれど、今は大切な仲間とか抱えているからね。なら自分の真意がどうであれ、まずはこの状況を終わらせるために手は抜かない、そう言う気持ちだよ? だからロマン、貴方の事は信じているし、信頼もしている。だからその上で言うんだよ。何か私にまだ、言ってない事は無いのかなって」
「…………………………」


 沈黙。ロマンは俯き、そして唇をかみしめた。
 実際私は別に彼を一ミリたりとも疑ってなどいない。
 例のシャーロックホームズ、彼が言った事とか意味深ではあったけれど。
 でもね、私はむしろ彼こそ信用していないよ。


 きっと彼は全てを見通す様な何かを持っているんでしょう。
 それは分かる。彼が聡明で優秀である事も。
 彼がきっかけでマシュに力を託した英霊が、円卓に名を連ねる一人の騎士だと判明したし。
 でもそれに感謝する気も起きない。
 きっとあの時それを知らなくとも、マシュは成長したのだから。
 あまりマシュを舐められても困る。


 彼女は私の盾として常に前に立つ。
 でも知っているかい? ホームズ。
 マシュが盾を握る手がいつも震えている事を。
 落ちついてと常に自分に言い聞かせている事を。
 私を護るのだと言う想い以外は今も恐怖に苛まれている事を。


 余談だが、自分のマイルームに引きこもるあのポンコツ。
 あれはマシュに殺されるとビビっていた。
 まあマシュの出自の件を知った今は何となくその気持ちは理解できるにしても。
 自分の父親の仕事の一環だが、外道がデフォルトと言われる魔術師の家の生まれの癖に、罪悪感を持つあのポンコツはまだ正常なんだと微笑ましくも思う所はある。
 だからと言ってこんな健気なマシュに向き合いもせず、一方的に恐怖するとか許されない。
 なので折を見て私はきっちりと教育したから今は問題無いのだ。


 閑話休題。


 まあつまり、ホームズがいかに優れた思考を持っていようが、カルデアに信用ならない人物がいるから手を貸せないだって? なら初めからしゃしゃり出てくるなって話なのだ。
 別にお前の情報があろうとなかろうと、カルデアはどうにかするのだ。
 しなきゃ世界は燃え尽きるだけ。シンプルな話だ。
 今の私には世界をどうにかするという決意がある。
 だからこそ、中途半端にかかわってくる奴が迷惑なのだ。
 多分そんな甘い話じゃないんだよ現在の状況って。


 私は推理小説は好きだけど、人類の危機がかかっている今はトリックなんかいらない。
 せめて倒叙の手法なら許せるが。


 そもそもお前が御大層な用心を重ねた所で、私はどうだという話。
 私なんかこのカルデア全体を最初は一切信用してなかったわ。
 当たり前だよね。信頼を構築する時間など私には無かったのだから。
 なら逃げ出したかと言えばそうじゃない。
 状況に流されたのは多大にあるにせよ、自分で自分に折り合いを付けたんだ。


 だいたい何故私が彼を信用しないか。
 それの一番の理由は彼の動機だ。
 人理焼却を殺人事件ととらえて犯人捜しをしているという理由そのものだ。
 悪いが私には彼が凄いとは思えない。
 凄いのは彼を産みだしたサー・アーサー・コナンドイルであって、逸話を神格化したのは全世界のシャーロキアンだ。
 その偶像が何を偉そうに言うのだ。
 思いっきり物語の名探偵としてのルーチンで動いているだけじゃない。
 それってそこに正義感があってとか、人類を滅ぼしたくないからって言う強い気持ちを感じられない。


 ハサンの気配遮断の様に、自分の逸話の概念が彼の行動理念なだけにしか見えない。
 ならば、人間以下の存在が人間を分かった風に言うんじゃないよ。
 その在り方に物凄く嫌悪感が沸くのだ。
 故に私はホームズが危ぶむロマンの方を信じている。
 これだけ付き合えば分かる。
 手を出したりこそしないが、口汚く罵る様なぶつかり合いもかつてやってんだ。
 なら極論、裏切られたとしても私はロマンを信じるよ。
 ただそれだけだ。


 でもね、そのホームズが囀った言葉も私は別の意味で重くとらえている。
 ロマンが隠している物は、誰かを陥れる類いの物じゃない。
 むしろマシュの事に近い動機で隠していると私は思う。
 ねえロマン、私が気が付かないとでも思っていたの?
 貴方が無意識に私に視線を飛ばしている時があるんだよ。
 そしてその時の瞳に浮かんでいるのはオソレなんだよ。


 言いたい、或いは言わなきゃいけない。
 もしかすると自分一人でどうにかしなきゃ、そう言う類いかもしれない。
 そう言うのがぐしゃぐしゃに混じった様な目で私を見ているんだよ。
 罪悪感があるんでしょう?


 きっとロマンは疚しい訳ではない。
 でも何かしら決定的になる確信を持っている。
 だからさ、知り合いんだよ私は。
 こんな小さなトゲみたいな物でも、いずれ来るだろう決定的な瞬間に心に刺さりでもしたら、それが取り返しのつかない事になるかもしれない。
 嫌なんだよ私は。そう言うのが。


「立夏ちゃん、君に言ってない事は……ある。でも今はそれを言えない。でも信じて欲しいのは、ボクは君を裏切ったりはしない」


 しばらくの逡巡の後、ロマンは憑き物が落ちた様な表情できっぱりとそう言った。
 線の細い普段のロマンの印象。
 でも今は、思わず後ずさってしまう様な覚悟を感じる。
 きっとモニターしているだろうダ・ヴィンチちゃんも来ない。
 それほどに2人の間には絆がある。
 時折彼らがマシュの両親の様で、その間で笑っているマシュを見て嫉妬した事もあるし。
 いま彼女がここに来ないのは、ロマンを信じているんだろう。


「……そもそも私はロマンを信じないなんて事は無いよ。言えないじゃ無くて言わないなんだろうってのも察する事も出来る」
「立夏ちゃん……」
「でもねロマン、それでも敢えて言うよ。それが優しさだと勘違いして自己完結した結果、私が泣く様な事があったら、その時は助走をつけてグーで殴るからね。今やガンドだけは所長も認める腕前だし、スカサハさんにも手ほどきされている槍だってあるからね?」


 どうせ何も言わないんだろう。言えないんだろう。
 でも言いたいことは言っておく。
 ロマンは声を出して笑い、それは勘弁して欲しいなぁ……と頭を掻いた。
 あの顔をくしゃくしゃにするいつもの表情で。
 そして背を向けると私に手を振り出ていった。


 去り際に彼は呟く様に言った。
 ボクは立夏ちゃんもマシュも護りたいんだって。
 残念ながらその独り言は聞こえていたよロマン。


 なら私は今の時間に出来る事をしよう。
 私にやれる事なんてそれしかないのだから。
 あ、あのポンコツを弄るって言う日課もあるけれど。
 そして私はトレーニングルームへ向かったのだ。


「…………今なら豹でも倒せるわ」


 何となくそう思う。
 きっと物語の結末は近い。
 その時、カーテンコールで私とマシュは笑えているだろうか?

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