朧月夜のとりあえずヤってみよう

版権作品の二次創作がメイン。小説サイトに投稿するまでもない作品をチラ裏感覚で投稿します。

TSして藤丸立夏になった男だが、好き勝手にやってたら某ぐだ子みたいになってた件3

 推敲してないので色々へんかも
 まあチラ裏だし是非もないよネ!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 フェイトと言う英霊召喚を行う装置がある。
 初めてこれを使った時に、私は当然の様にこれはなんだとダ・ヴィンチ女史に聞いた。
 ここの施設の技術系は全て彼女の管轄だからね。
 というかそれを担当していた技術者がもういないのだから仕方ないと言う事情もあるが。


 この前の北米大陸での特異点を終えた私たち。
 私だけじゃなく、参加したみんなには筆舌に尽くしがたいシーンの数々で言葉にもしたくない。
 何だよあのメイヴってギャルは。ツッコミどころしかないだろう。
 ついでに言えば、クーフーリンにお前責任取ってどうにかしてこいよって思わず辛辣に責めたのは誰も責められないだろう。
 何せ一番暴れていたのは黒っぽくトゲトゲしい姿のクーフーリンだったのだから。


 聞けば英霊ってのはどこかにある居場所があり、そこに本体がいるらしい。
 だからキャスターやランサーと得物は違えど同一人物がいる訳だ。
 問題はそのクラスってのに縛られているから、本来の力を出せないって事。
 要はそのクラスに必要な力しか持たずにやってくる訳。


 そもそもこれは割と歴史のある聖杯戦争と言う魔術儀式のシステムらしく、結局はあの冬木市の過去に実際に行われた物らしい。
 そのシステムの概念を失敬し、電力を魔力に変換できるここのインフラを使って、聖杯戦争でも無いのに英霊を呼ぶことを可能にしてると言う。


 というかさ、あんな街燃える程の大事ならさ、正直迷惑だよね。
 どこかの無人島とか、それこそカルデアのある山みたいな僻地で勝手にやれよ、と。
 まあ一般市民目線が抜けない私がそう憤慨すると、クーフーリンもエミヤも複雑な顔をして笑っていたが。
 エミヤはカッコつけだからまあアレだけど、クーフーは所謂脳筋だからね。
 杖の時はいいんだけど、槍の時はなあマスターいっちょ殺してくるわとか物騒だもの。


 とにかくその儀式を機械的に行うのがフェイトで、なし崩しにマスターになってしまった私と言うぽんこつを憂慮したロマン率いるカルデア運営スタッフが、これじゃヤバいってんで冬木から帰ったら直ぐにやらされたのが最初だ。


 とは言っても何かこう緑色とか青色の幾何学模様が煩い部屋の真ん中に窪みがあって、そこにマシュの盾を置いてスイッチオンするんだよね。
 そしたら霧と言うか湯気みたいな煙にプラズマめいた光が走って出てくる。
 もうね驚きも通りこすと達観しちゃうよね。はぁ~すごいね~なんて間抜けなセリフしか出なかったもの。


 で、最初がエミヤ。続けてやったらクーフーリン。もう一度やったらクーフーリン。
 なんでさ。槍と杖だけどローブか全身タイツかの違いしかないんだって。
 それで同時に喋るとさ、ステレオ放送みたいで気味悪いのなんのって。


 まあその後、霊基ってのをカルデアのシステムに登録するんだけど、その段階で私は言ったね。
 万能の天才だって煩いあの人に。
 万能なら出来るよね? 登録してるし彼ら霊体化できて出し入れ自由なんだし。
 やれよ。やりなさいよとプレッシャーをかけて、結局できたわ。
 槍か杖で必要に応じてどっちを出すかみたいなシステム。
 なんなのダ・ヴィンチ女史。便利過ぎて気持ち悪いわ。


 ぶちぶち言ってたクーフーリンだったけど、基本あの人槍が好きらしく、まあこれも楽かって
納得してた。ちょろいよね。
 そしてその後に来たのがレオニダスさん。
 彼はスパルタって大昔の国の王様だってさ。


 歴史に詳しいと言うか、英霊の勉強を凄いしているマシュによれば、300人くらいの兵士で数千人の敵から防衛をしたとか言ってた。
 思わず変な声出たよね。筋肉ダルマだけど超イケメンなんだよね腹立つくらいに。
 でも脳筋なんだねぇ……。
 まあ普段は常識人なんだよね、頭も良いし。
 でもトレーニングさせようとしたり裸で豹と戦わせようとかするんだよね。
 意味が分からないよ。


 その時の召喚はこれで終わり。
 というのも召喚に使われる電力はかなりの物で、やりすぎるとカルデアに支障が出る。
 なので普段の稼働状態で出た余剰電力を特殊なコンデンサーに貯蓄して、ある程度溜まったら召喚をしようねってスタイル。


 その後も清姫が来てくれたりダビデが来たりしたけれど、正直今いるメンバーで充分だからそれ以外特に呼ぼうとしなかったんだよね私。
 でも流石に黒クーフーリンとギャルが辛かった。
 なので朝からロマンに付き添われて召喚をしてたって訳。


 ならさ、あのギャルにクーちゃんって呼ばれてた黒クーフーリン呼べばいいじゃん。
 強いんだし。エミヤが止めた方がいい反逆されたらどうするって言うんだけど。
 だってエミヤも最初こっちを殺しにかかってきたじゃんって言ったらぐぬぬって顔してた。
 あれは別の側面だからとかもじょもじょ言ってたけれど、こっちからすればみんな一緒なんだよ!


 ロマンによると英霊召喚は縁という不確かな物が影響するらしい。
 だから終わった特異点で出会った英霊って事でエミヤ達が来たってのもあると言う。
 そりゃそうだ。その直前までエグい目に遭ってるんだ。イメージに凄い残ってるに決まってるよ。


 だったらそれを逆手に取ればいいんだと思うんだ。
 あのクソったれの黒トゲ~なんかカッコつけて斜に構えたけど、こっちに呼んでコキつかってやる~って凄い声に出しながらロマンに合図を送る。
 やめろみたいな顔してたけど睨み返し、早くやれとプレッシャーを飛ばす。
 最近得意になってきた呪いのガンド飛ばしたろか?


 そうすると今までには無いモヤが来たよ。
 こうなんだろう、稲妻が金色って言うか虹色って言うかさ。
 あ、これ黒クーフーリン来たわ、私は直感でそう思った。
 まだモヤが終わってないけど、ロマンに向けてドヤ顔でサムズアップした。


 エミヤがおお! みたいな顔している。
 あれかな? 英霊同士のシンパシーみたいな、雰囲気で分かるぞみたいな?
 さあこい黒クーフー!
 ってクーフーリンがガタガタ震え出したんだけどなんなの?
 あっ、凄い勢いで走って出ていった?! えっ?


「影の国よりまかり越した。スカサハだ。マスター、と呼べば良いのかな。お主を?」
「あ、スカサハさんだ! あれっ、黒クーフーじゃなかったか。でもスカサハさん無事で良かったねえ。あの後別れてから音沙汰なかったから心配したんだよ?」
「そ、そうか。まあそれはあれだ、あやつとの決着は持ち越しにはなったが、それなりに愉しめたぞ。その点ではお主に感謝しておる」
「とにかく来てくれて良かったです」


 出て来たのはスカサハさんだった。
 影の国の女王らしいお偉いさんだ。
 見た目はシースルー生地の黒い全身タイツと言う完全に職質不可避な煽情的なやつ。
 なんだろうね、こんな黒髪とか狡いよね。
 まあ美人さんってのは分かるけれど、ババアだから私は興味は無いけれど。


「しかし、あやつがおらんではないか?」


 スカサハさんがキョロキョロと周囲を見渡しそう言った。
 そういや北米でも舎弟みたいに扱ってたよね。クーフーを。
 なんでも弟子らしいよ。
 殺さんまでもかなりスカサハさんが追い込まれるくらいにクーフーは強いらしい。


 元々は師弟だったけど、スカサハさんの姉妹っぽい人と戦争になり、怪我を負ってたスカサハさんの代わりにクーフーが戦って、勝った挙句にムラムラしたからってその人をレイプして息子が出来たらしいよ。
 完全に鬼畜の所業だよねっ!
 とは言っても、その当時の常識だと勝者の言葉は絶対らしいから普通だってさ。
 あれだよね、多分それケルトだからだよねって思うんだ。


 ああでもそうか、いち早く彼女の気配を感じて逃げたのかクーフー。
 ならマスターとしてやるべきことは1つだよねっ!


「スカサハさん、貴方の愛弟子ならここをでて左に曲がって廊下の一番奥にある部屋が彼のマイルームだから是非行ってあげてね!」
「ふっ、マスター、お主とは仲良くやれそうだ。よろしく頼む」
「こちらこそだよ!」


 こうして久しぶりの召喚はスカサハさんと言う強者が来て終わった。
 と言うかね、数人は呼びたかったんだけど、ロマンが言ったんだ。
 相当電力もってかれたから今回はもう無理ってね。
 あーなるほど、強い英霊だとその分消費も大きいのか。
 納得納得。
 じゃ戻ってお茶にしようかみんな。
 エミヤ、頼むね。


「…………最近のマスターはあれだな。容赦がないな」


 笑顔で紅茶をお願いしたら、エミヤが遠い目をしてそう言った。
 ぶつぶつと何かを呟きながら。
 あかいあくま? なんだろうねっ分かんないや!



 ☆
  


 非常に面倒臭かった特異点であるキャメロットの少し後の話。
 私はいつも22時くらいにはマイルームに戻ってベッドに入る。


 前世も含めた自分の生活サイクルを思えば、いかに健康的だろうか。
 とは言えそれには世知辛い事情がある。


 それはここに娯楽が無いと言う事だ。
 人理が焼却される、その意味はいまいちよく分からない。
 ただ現実としてカルデアの外にはいけないと言う事だ。
 どうなっているかも知らない。
 けれど、あのダ・ヴィンチちゃんが黙って首を横に振るのだからどえらい事なんだろう。


 なので一般的なネットにもつながらないからそれを眺める事も出来ない。
 それにカルデアの施設自体は山の中腹にあり、全体的に岩盤の中にあるアリの巣めいた秘密組織だ。
 なのでまともに外が見える窓もないし、当然私の部屋も無機質な物だ。


 その為外の景色を眺めながらアンニュイな時間を過ごす事も出来ない。
 だからさっさと寝るのだ。
 何もなくただ余る時間というのは存外苦痛で、考えなくてもいい事を考えてしまう。
 それは概ねネガティブな物で、それに浸ると単純に憂鬱になるからね。


 どうして私がこんな目にあうんだろうとか。
 大義とか正義とか、そう言うのは分かるよ理屈では。
 でも計数機みたいな整然としたロジックで動けないから人間はやっかいなのだ。


 何かを失敗して無力感に苛まれ落ち込む。
 誰だってそんな時はある。
 でもそれは本人からすればベストを尽くした結果なつもりだ。
 しかし結果は自分が求める物じゃ無かっただけで。
 だから失望する。落ち込む。


 そんな時に頑張れって言葉を掛けられても困るだけだもの。
 頑張った末にこうなっているのだから、じゃあどう頑張ればいいんだって自棄になるよね。
 他人から見れば頑張りが足りないからだって思うのかもしれない。
 まだ出来る余地があるよ、ベストじゃないよって。


 そうかもしれない。自分を完璧に客観視なんか出来ないからね。
 でもさ、その時、その瞬間の自分の心のキャパシティはそれが上限なんだよ。
 そしてそれはいつも一定の上限じゃなくて、精神状態に凄い左右される。


 今の状況もそれに似てて、特異点で頑張るほどに辛くなる。
 何故かってそれは自分が戦う訳じゃないからだ。
 私はマスターで、マシュ達を動かす司令塔なのだ。
 サッカーで言うと中田英寿みたいな。古いね。
 でもね、私の命令で彼女達は傷つく。


 マシュを除いたエミヤとかダビデとか、クーフーリンにレオニダス。最近ではスカサハさん。
 他にもいるけれど、全員は連れていけないからね。
 彼らはみんな英霊なんだよ。
 霊って言う時点で生者じゃないの。
 スカサハさんだけは特殊な事情で死ねない上にまだ生きているけれど。
 それでもあの宝具。クーフーリンのやつよりエグいアレ。
 あんなもん撃てる生者がいてたまるかって感じよね。


 そんな英霊を使役するのは凄いとロマンが言う。
 私のマスターとしての長所は、相手が英霊でも遠慮をしない所だってさ。
 だから本来我儘で偏屈なはずの彼らが言う事を聞いてくれる。


 でもさ、それって私が無知過ぎて危ういからって側面が大きいんだと思う。
 スカサハさんも言ってたもの。
 お主は良き人ではあるが、勇士にはなれぬなって。
 いやなりたいとも思わないけれど、そういう種類の人間なんだよ私は。


 要はほっとけないなコイツって思われているだけじゃないかな。
 それでも嬉しいけれどさ。
 でもね英霊と言う存在その物が私には辛いんだよね。


 彼らは死をいとわないんだ。
 既に生前、命を燃やし尽くす程の偉業を成し遂げたから彼らは英霊なんだ。
 だからこそ死の痛みもその後の事も全て経験者なんだよ。
 そして英霊になってから召喚される訳で。
 サーヴァントってのは人間に都合よく使役する為の建前みたいなもんでさ。


 彼らはだからこそ、最善を尽くすためには死をいとわない。
 アレは絶対に倒さないと駄目だ。
 でも正攻法じゃ無理かも。
 そうなると自分が特攻し、刺し違えて見せようかって簡単に言うんだ。
 死んで消えても本体はそのままだからね。


 ここが人間と英霊の大きな違いなんだと思う。
 人間は死んだらそれまでだから、死ぬ覚悟で臨む事はあっても、生を絶対に諦めない。
 英霊は既に死を超越した存在なんだね。
 だから身を切る様な事をして特異点を修正できても、私は無力感にどんどん苛まれる。
 だってもしそれを実際にしたなら、消える瞬間彼らは私達人間が死ぬのと同じ様に酷い目に遭うのだ。
 ただ血が吹きだす代わりに金色のエーテルになって霧散するけど。
 でも私の動悸が気持ち悪いくらい早くなるんだ。


 私はいつから私と言う人称に慣れたんだろう。
 きっともう男としての断片も残っていない気がする。
 何かあればすぐめそめそしてしまうし、弱音も吐く。
 だから余計に辛いんだよね。


 霊基がカルデアに登録された私の英霊達。
 彼らはその核みたいなものがズタボロにさえされなきゃ、何度でも蘇って笑顔で私の前にやってくる。
 でもさ、それを一つの戦術として組み込めってのはどう足掻いても無理なんだよね。


 特にマシュだ。
 彼女はエミヤ達と違って人間なのだ。
 最近知った彼女の出自。
 このカルデアでの実験で産まれたデザインベイビーだってさ。


 その生命は設計された物で、目的の為の必要条件をクリアはしている。
 逆に言えば人間としての尊厳は考慮されていない。
 つまり寿命は人間の平均寿命を前提としていない。


 この事を知ったのはロマンとたまたま酒を飲んだ時にだ。
 私は藤丸立夏としては未成年なんだけれど、本質である中の自分の趣味嗜好は消えていない。
 だから割と大人っぽい容姿を利用して普通に外で喫煙もしていた。
 自宅でも晩酌をしていたし。


 知らないよ将来の事とか健康とかなんて。
 ただカルデアに来る前ははっきり言えば性別のギャップで常にストレスを感じていたからね。
 女である肉体なんだけれど、精神が違うからいつだって女として振舞うと言う事に気を回す。
 生きている事が既に自然じゃ無かった。


 だから酒や煙草と言う物がある種の拠り所だったんだよね。
 けどある日高校から帰ると私の部屋の机の上に真新しい灰皿があって、その横には「火事にだけは気を付けてね。いつかきちんと立夏ちゃんからお話をして欲しい」とメモ書きがあった。


 そりゃバレるよね。いくら電子煙草だって言っても、多少の煙草臭さは残るから。
 まあその時は罪悪感が酷くて、すぐお母さんの所に行き、今の気持ちを話したさ。
 転生云々なんて言わないよ。
 でも自分はもしかすると性別を間違えて産まれたかもしれないって。
 性同一性障害ってやつだね。


 実際私は病気でも無いし特殊なケースだろう。
 でも現実としては全くその症状なわけで。
 心配かけてごめんなさいと謝っているうちに、どんどん泣けてきて、最後はお母さんに抱きしめられながら号泣だよ。お母さんのわんわん泣いてたけど。
 うちはお父さんがお堅い公務員で単身赴任ばっかりだから、お母さんは一人で寂しかったんだとも思う。


 だからお父さんがいない代わりに、自分がきちんと私に愛情を注がなきゃって思ってたんだろう。
 だから私が自分の辛さを言わなかった事が寂しかったみたい。
 私を信用してくれないのって意味で。


 でもそうじゃない事も分かるから、これからは何でも話してってお母さんは寂しそうに笑った。
 それがとても辛くてさ。
 あの腐れ魔術師は絶対に殺すと今でも思うけれどね。
 そしてこれを機会に、私は元の自分を完全に別物にした。
 きちんと藤丸立夏でお母さんの娘と認識できた。
 とは言え相も変わらずズレた精神とのギャップには苦しんだけれど。


 まあそこは、カルデアでもまれて結果的にはいい方向に行ったのだからいいんだけどさ。
 ブラックな環境については話が別だけど。


 何を言いたいかと言えば、親の愛って言うのをこれでもかと認識して、私は私でいいんだって肯定出来た事が、自分はやはり人間なんだっていう再確認に繋がったって事。


 そして激務で色々へろへろになっていたロマンを私は見かね、いつものレオニダスさんとの山賊行為の最中に酒を山ほど持ってきたのだ。
 で、ダ・ヴィンチちゃんに(女史と他人の様に言うと怒られるからちゃんにした)現在の状況を確認して、酔い潰しても問題無しと言うお墨付きを貰ってから彼を部屋に呼んだ。


 大事な話がある。あまり人には聞かれたくないから部屋に来て。
 声を潜めてロマンに言うと、彼は真剣な顔で「わかったよ立夏ちゃん!」と頼もしく言った。
 ファンデーションで隠しているけれど、クマがやばい頼りない笑顔で。
 多分、前に私に限界が来て暴走したあの一件、あれでロマンが変わった。
 何というか過保護な父親みたいになった。
 ごめんね立夏ちゃん、これからはボクが君を護るよ! って謎の勇ましい宣言を皆の前でしたし。
 ばっかじゃねーの。そう言うのはお前の隣にいつもいる美人さんに言えっての。


 まあいい。
 だから彼はホイホイと私のマイルームに来たさ。
 この前冬木で手に入れた食材で、エミヤにドライフルーツのたっぷり入ったパウンドケーキを焼いて貰ったんだって仄めかすとあっさりとさ。
 この男、女子かよってくらい甘党なんだよね。
 初めてマシュにこの部屋を案内された時、こいつってばここでサボりつつケーキをむざぼり喰ってたからね……。乙女かよ。


 で、実際やってきた訳だけど、まずは駆けつけ三盃じゃないが、ケーキと紅茶を出した。
 目がシイタケみたいな星型に輝くロマン。
 わーいなんてショタボーイみたいにはしゃいでケーキにくらいついた。
 そら美味いよ。あのエミヤが本気出したんだから。


 でもねパウンドケーキは水分があまりないから焦って食べると喉が詰まるんだよ。
 ほらガフッケフッって咽てるし。
 だからはい、紅茶ドーゾ。
 ロマンってばグビグビ飲んだよ。
 そして目を白黒とさせた。


 当たり前だよね?
 ヤン提督が好きな分量の三倍くらいブランデー入ってるからね?
 むしろブランデーに紅茶のフレーバーをつけましたレベル。
 いやもういっそのこと原液?


 ロマンは下戸じゃないけれど、そんなに飲む方じゃないらしいとは聞いていた。
 だからなんだいこれは!? ってなったけど、私はパチリと指をならした。
 すると部屋に入ってきたのは私の相棒ことレオニダスさんだ。
 うん、今日もマッスルだね。切れてる切れてる!


 えっ? えっ? って混乱するロマン。
 私はそれに構わずレオニダスさんに目配せをした。
 もう以心伝心だよね。令呪なんていらないよ彼となら。
 彼はこくりと頼もしく頷くと、風の様な速さでロマンを羽交い絞めにした。


「ふっふっふっ……まんまと引っかかったねロマン」
「り、立夏ちゃん?! ボクは君をこんな事をする子に育てた覚えはないよ!?」


 怯えた表情をしつつも目だけは負けないぞと強がっている風だ。
 さていつまでその強がりは続くのかな?


「女には秘密があるのよ? さてロマンくん、腹を割って話そう」
「き、君とはもう分かりあったはずだってボクは信じてたのに……」
「だからこそだよロマン。貴方が私を心配する様に、私も貴方を心配するの。私の父親気取りをするなら、まずはその身体の疲れを抜かないとだよ? トップが頑張りすぎると貴方の部下も手を抜けないんだよ? だからロマンくん、腹を割って話そう」
「わかった! 分かったから拘束をやめてくれないか!? 後なんでダミ声で言うの?!」


 ダミ声は多分こうしないといけない様な気がするんだよ。
 ふふふ、暴れてる暴れてる。けど残念、レオニダスさんを舐めたらいけないのだ。
 しかし強情だなぁ。暴力には屈しないっ! みたいな気迫を感じる。


「ちっ、レオニダスさん、やれ」
「分かりましたマスター」
「ひゃん!? やめて!? 何でボクの服を脱がすの!?」
「ロマンが強情を張るからだよ? さあ見せて貰おうか、過労で痩せた男の肉体とやらを!」
「キャーーーーーーッ!」


 まあ、と言っても、ただパジャマに着替えさせただけだけどね。
 性別は違えど、酒をいれたパジャマパーティ的な。
 リラックスできるでしょう? 


 ようは酔い潰して強制的に睡眠をとらせようと言うだけさ。
 この人まあ寝ないからね。
 あまりに不自然だからダ・ヴィンチちゃんに聞いたら……というか問い詰めたら、彼女が作った薬を飲んでいるらしい。


 前に聞いた事がある。
 いわゆるシャブとか覚せい剤って薬物の事を。
 あれって覚醒って言う位だから、精神が物凄い事になるのね。
 私が読んだ本の話だと、覚せい剤を打った後にたまたま側にあったゲームをしたらしい。
 それはテトリス的な単純なパズルだったのだけど、その中毒者は薬が切れる二日近くの時間、延々とそのパズルゲームをやり続けたらしい。一睡もせず。


 ロマンがしているのもその類いだ。
 ダ・ヴィンチちゃんが言うには、その手の脳細胞が破壊されるとか、常習性が酷い的なネガティブな副作用は排除してあるとの事。
 ただし寝ないから肉体はどんどん弱っていくってさ。
 当たり前だよね。頭はスッキリでも体力は消耗するのだから。


 まあ特異点に長い事いく場合、私の存在証明を最後までし続けるから、その間、計器から離れられないのは分かる。
 私は前線で命を張っているから、自分たちは手を抜けないってカルデア組の意思が統一されている。
 その長がロマンだから、人一倍責任感が強いのだ。


 でもそれは本末転倒ってやつでさ。
 隙を見てきちんと寝ないと。
 いざ特異点って時に薬を決めてて眠りはしなくても、過労で電池きれて倒れたら一緒なんだよね。
 だから尚更、今は次の特異点に行くための準備期間でもあるし、今は寝ないと。


 実際ロマンは最初抵抗したけれど、摂取したアルコールは疲れた身体に見事酔いを与えた。
 パウンドケーキを肴に酒をかっ喰らうと言う妙な光景だが、一度スイッチが入ったロマンはもう抵抗はせずに呑みに呑んだ。


 彼は泣き上戸だった。
 わんわんと泣きながら、ボクは辛いんだって愚痴り始めた。
 もうそうなると私の中に実は潜んでいた母性がアップを始めるよね。
 聖なるバブみが漏れちゃうよね。


 多分私は聖女の様な、或いは菩薩の様な微笑みで愚痴るロマンを膝枕し、頭を撫でながら聞き役に徹した。
 ママって呼んでも、ええんやで? そんな感じで。


 彼は語った。
 ボクは人が大好きなんだ。
 だから護りたいんだって。
 でも無力なんだっ! とかさ。
 わんわん泣きながらさ。
 思わずもらい泣きだよ……。


 そしたらロマン、言わんでいい事まで言いだしたんだよ。
 マシュが、マシュが不憫でならないって。
 ボクたちの傲慢さが彼女を生んでしまった。
 だからどれだけ詫びても足りないんだ!
 懺悔の様に彼はそう言った。


 はい、バブみ終了! 閉廷! 解散!
 ゴンって音がしたね。
 いやだって、ロマンの頭を膝に載せたまま私立ったからね?
 そら落ちるさ。


 えっ? えっ? とふいに我に返るロマン。
 そんなロマンに私は極上の笑みで言ってやったんだ。


「へぇ……それちょっと詳しく聞きたいなぁ? さあロマンくん、腹を割って話そう?」


 多分私の背後には例のスタンドバトル漫画みたいにゴゴゴゴゴ……って擬音が浮いてたと思う。
 きっと最初からモニターしてただろうダ・ヴィンチちゃんが慌てて部屋に飛び込んできたからね。
 でもさ、ここまで言ったなら、全部聞かせて貰わないとねえ。
 良いんだよ? 別に。マスター業をボイコットしてもこっちはさぁ?


 その後、ダ・ヴィンチちゃんから興味本位で首を突っ込むならやめときなって言われた。
 でもね? とっくに引き返せない状況になっているんだよ私は。
 今更どんなドッキリ仕込まれてもほーん……ってなるだけだわ。
 だから私は全部話してと彼女に向き合ったのだ。


 ってシリアスシーンなんだからさ……。
 寝るなよロマン。



 ゜★



 話をマシュの事にもどそう。
 ダ・ヴィンチちゃんの話の内容はカルデアに私が来る前の事にも及んだ。


 マシュがあの時死なずに復活したのは、彼女の中に円卓の騎士の一人が融合していたからだ。
 その名前はギャラハッド卿。英霊事情に詳しいマシュ曰く、円卓の騎士の中でももっとも功績があると言われた騎士らしい。
 そんなマシュの状態をデミ・サーヴァントと言い、人の身でありながら英霊の戦闘力を発揮する。


 マシュが造られた理由はデミ・サーヴァントを作る為だ。
 要は英霊を宿す器って目的?
 ただ表面上実験は失敗。
 当然被験者はマシュだけな筈も無く、でもマシュしかいないって事はそう言う事なんだろう。


 マシュには英霊が宿ったが意識も力も発現しなかった。
 だから失敗扱いされのだが、その後も実験で様々な薬物なんかも投薬されている。
 けどあの時の爆発でマシュは死んだ。
 正確には何もしなければ死が確定していた、か。


 傍にいた私も見ているからそれは確実だ。
 なにせ下半身が瓦礫で潰されているんだから。
 それで助かったら奇蹟どころかホラーだと思う。


 ただそれがきっかけで、マシュの中のギャラハッドは目覚めた。
 彼は眠っていたわけじゃ無く、実験に加担したくないから沈黙していたらしい。
 ゲス共の実験など協力なんかしたくはない。
 けどこの健気な少女を死なせたくないと力の所有権をマシュに渡して本人は消えた。
 高潔な騎士だからこそ、そうしたんでしょう。
 あー……この前の特異点で戦ったあいつらに聞かせてやりたいわ。


 また話しが逸れた。
 そんなマシュだからこそ、彼女もまた無垢で高潔なんだ。
 だから少ないが確かに繋がっている絆の為に命を張る。
 盾の騎士である自分に誇りを持って。


 あのポンコツの父親に今のマシュを見せてやりたいわ……。
 ああダメだ。魔術師ってホント嫌いだわ。
 その筆頭があの魔術師だけど。絶対ブン殴る。


 ああもう話しが纏まらない!
 ……そのマシュだけど、彼女はいつだって怖がっている。
 死ぬことが怖いんだ。
 当たり前だよ。私とそう年齢が違わないんだから。
 その身にギャラハッド卿がいようが、彼女はただの人間の女の子なんだよ。


 でも私を護ると言うその一点の為に身体を張る。
 それは人理を護るとか言う大義名分の為じゃない。
 私が、或いはロマンが、またはダ・ヴィンチちゃんが笑っていられる世界を護りたいからだ。
 たったそれだけのために彼女は、結果的に死んだとしてもいいのだと思っている。


 英霊達の死もいとわない精神。
 マシュの高潔過ぎて眩しい動機。
 それらはきっと、とても美しい。


 でも、それを身近で見れば見る程、自分の不甲斐なさ、情けなさが浮き彫りになるようで辛いんだ。
 それでもマシュの前では立派な先輩でいてあげたい。
 それしか私には出来ないから。
 緊迫するシーンでおどけてみたりしてさ。
 先輩、最低ですって言いながら、それでも子犬みたいに纏わりつくあの子の笑顔を曇らせたくない。


 なんで人間ってすぐ見栄を張っちゃうんだろう?
 結局は逃げ出す選択肢を自分で排除してるんだもの。


「マスターは~気楽な稼業と来たもんだ~♪ とか言えたらいいのになー」


 プカリと煙草の煙を天井に向かって吐きだす。
 腹立つくらいに直ぐ換気扇が働き煙も匂いも消えていった。


「お嬢ちゃんに暗い顔は似あわねえぜ?」


 青タイツに一本に括った後ろ髪。
 伊達な槍兵サンが目の前にいた。
 暗がりの食堂で一人黄昏てたのに。


「そうやってクーフーは何人の女を落としたのかな?」
「あー……今まで振るった槍の回数なんか覚えてらんねえなあ……」
「ヒューかっこいい!」
「だろう?  お嬢ちゃんも試してみるかい? オレの槍をさ?」


 この人もなんだかんだで優しいよね。
 チャラいけど。
 犬猿の仲に見えてエミヤといっつも絡んでるのは根が似てるからかな?
 いけないいけない。また落ちそうになってた。
 ふふっ、ならこの伊達男にもお礼をしなきゃね?
 だから私は私が出来る最大限に妖艶な表情を作って叫んだんだ。


「たすけてスカサハさーん! クーフーにおーかーさーれーるー!」
「ちょ、マスター、おまっ、やめろォ!?」
「ふっ、セタンタも偉くなったものだ。どれいっちょ揉んでやろうか。行くぞ」


 無音でクーフーの背後に現れるスカサハさん。
 忍者も真っ青だよ!
 とにかくそうして、私は今日も何とか生きてますって話。

TSして藤丸立夏になった男だが、好き勝手にやってたら某ぐだ子みたいになってた件2

FGO二次を書くにあたって、イベント系の特異点は書きたくないなぁと思ったので、メインストーリーのみで書いてます。
TSってなんすかね。小説って恋愛書かないとダメなんすかね?
その辺もモヤっとしているので恋愛描写はあらかた廃除して書いていきます。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「先輩、これはどちらに運べばいいのでしょう?」
「んん? じゃそれはロマン達の所に持っていってあげて」
「了解しました!」
「良い子だ。届けたら一緒に食べようね」
「はいっ!」


 昼下がり。昼下がり?
 現在時刻を示すデジタル表示はPM14:00を過ぎた所だから間違っていない。
 レイシフトの繰り返しで精神的にも肉体的にも疲れた私は、ダ・ヴィンチ女史経由で所長代行のロマンに休暇を申し出た。
 その結果が今であり、お好み焼きと焼きそばと言う、関西では定番の二大粉モンを作っていたのである。


 マシュには管制室で計器に張り付いている職員たちの分を持っていってもらった。
 ちなみにカルデアの食堂は同時に100人くらいは食事がとれる規模の広さがあるが、例の爆破テロのせいで職員の殆どがやられ、五体満足で動けるのは20人超しかない。
 なので厨房で器用にコテを操りお好みを返すエミヤと、その横の鉄板で焼きそばの面倒を見る私以外誰もいない。
 閑散としすぎててホラーだよ。
 あ、横にいるエミヤもおばけみたいなもんだからそっちもホラーだ。


 特異点と言うカルデアスの中の病気の原因みたいな場所。
 そこにエミヤみたいなサーヴァントを連れて赴き、大概は悪さをしているやつをとっちめるのがマスターのお仕事だ。
 ある特異点では聖女ジャンヌと旅をしてたら黒いジャンヌとデカい竜に襲われて酷い目に遭った。
 また別の特異点ではほとんど海の上で船移動だと言うのに、歴史に疎い私でも知っているヘラクレスに殺されそうになった。


 なんなのコレ。完全にブラック過ぎるでしょう?
 私ってばあれやってこれやってと喚いているだけで、実際はマシュが盾で壁になって貰わなきゃ死んでるからね。
 一応充足感はあるよ。お前が頑張ったから世界はまだ存続できてるんだ的な意味で。


 でもね? 特異点にレイシフトする時って、コフィンって言うカプセルの中に寝かされる訳さ。
 あれだよ。映画のエイリアンとかで冷凍睡眠してるアレみたいなの。
 仕組みなんか分からないしそれを知ってどうなるでも無いから聞きゃしないけれど、寝ててもしっかり現実感はあるのよ。
 エミヤたちが何度死のうが暫くすると復活出来るけどさ、私とマシュはレイシフト先で死んだら終わりなのよね。


 それって凄いストレスでさ。
 例えば行った先で石に蹴躓いて転んで膝に擦り傷を負ったとする。
 そうなるともう駄目。不安でいても経ってもいられないからイライラもするし、泣きたくもなる。
 だって竜だの触手の怪物とか普通に出てくるんだよ?
 変な毒でも喰らったらどうするのさ。


 でもほら、マシュなんか話を色々聞いてくうちに、ちょっと洒落にならない出自な訳。
 なんだろう、レイシフトから戻るとたまに貧血で倒れたり鼻血を出したりするのさ。
 おかしいんだよね大体。
 レイシフトした世界は現実と変わらないから、ロンドンの特異点の時に隠れ家にしていた家に風呂があった。


 丁度その時はタイミングが悪くて、私は生理になった。
 しかも妙に重くて頭痛と吐き気も凄いし。
 で、風呂があるから浸かれば楽になるかもと思った。
 通信先でロマンもそうした方がいいって言うし。
 一応ダ・ヴィンチ女史謹製の鎮痛剤を送って貰ったけど、まあ風呂に入ろうとなった。


 そんな私を真っ青な顔でマシュが心配する訳。
 まあ毎月の事だし? 中が男だろうがもう慣れるしか無いわな。
 しんどいのは変わらないけれど、結局は鎮痛剤のんで大人しくしとく以外無いのも事実。
 でもマシュは過剰に心配しすぎというか、多分マスターである私がいなくなるのをとても怖がっている。


 だから大丈夫だよと言いつつも納得しないマシュに一緒に風呂に入ろうと誘った。
 さりげなくついて来たクー・フーリンをエミヤが殴って止めてたのは笑ったけれど。
 そして猫足の西洋風バスタブに湯を張り、そこにマシュと入った。


 マシュは私よりも大きい胸で、細身だけどグラマラスな肉体だ。
 初めて入るお風呂にマシュは恐々としながらも、どこかわくわくしてるように見えた。
 カルデアにバスタブは無いからなあ。資源を無駄遣いしない様にシャワーしかない。
 身長は私もマシュも小柄な方だから、向かい合って浸かると狭くも無くて丁度いい。


 私は腹痛が少し和らいだ気がして余裕が産まれた。
 だから何となく私をじっと見ているマシュの髪をかき分けていつも隠れている片目を露出させる。
 両手で彼女の頬を包み、まじまじと見てみるのだ。
 彼女の瞳は大きく、虹彩の色は薄紫と青の間。淡い中間色だ。


 肌は白磁の様に白くて、だから私がじっと観察すると恥ずかしいのか肌に赤みがさす。
 乳房もウエストも、多分女性的な部分はとても女性らしい。
 言ってしまえば女性視点を持つ今の私から見ても、なるほど女性の理想を集めた様な姿だと思う。


 私はマシュの頬から首筋、鎖骨と指で撫で、胸の谷間を下る。
 くすぐったそうに身をすくめて笑うマシュ。
 可愛らしいのだけれども、だからと言って何か邪な気分になる事も無い。
 なんだろうね、女性になっても女性が愛しいと思う気持ちはある。
 絶対に男にときめくなんて一生無いと思うわ。
 その代り、なんだろう性欲が一切無い。


 男なら分かりやすい。
 性的に欲情したなら、ズボンの中で痛いくらいに勃起するのだから。
 でも女性ないま、分かりやすい現象が無い。
 今年で18年になる自分の新たな人生で、例えば中学や高校の時に、妙に火照る時があった。
 それこそ生理前後のホルモンの関係もあったんだろう。


 本来神秘の対象で、容易に触れたり出来ない女性の肉体。
 それが今は自分自身なもんだから、昔は興味本位に自慰をしてみた。
 男性の肉体よりもずっと、快感を得られる場所も多い事に改めて驚いた。
 興奮すれば乳頭も陰核も痛いほどに腫れるし、下着が意味をなさない程に湿る。


 ただし、やはりそれは自分の肉体に過ぎず、興味が満たされるともう駄目だった。
 なんだろう、快感のあまり思わず漏れた自分の嬌声を聞き、ああ自分は女だったと再自覚すると一気に冷めるのだ。
 なので達するまでが出来ない。


 じゃ男に抱かれればいいのか?
 それも違うと断言できる。
 精神的に受け入れられない。


 だからこそマシュの身体を撫でても綺麗だと思っても、それで終わる。
 いやむしろ、これは愛撫では無く確認なのだ。
 以前から考えていた。
 何故マシュは汗臭くないのだろう?
 何故マシュは色素が薄いのにアルビノの特徴が無いのだろう?
 そしてレイシフトから戻るたびに、調整と言う名の診療をロマンから受ける。
 おかしいよね。


 私は多分、相当に疑心暗鬼になっているのだ。
 あのいずれぶん殴ってやると決めた白いえなりかずきめいた声の男にここへ送られてから、ずっと疑念を持ち続けてきた。
 その猜疑心が自分の心を一気にこの肉体に魂を定着させた気がする。


 あれだけ嫌っていた藤丸立夏って名前も自然と受け入れられたのはここに来てからだ。
 それは時折混じる自分では無い様な思考が昔はあったのに、現在はそれを感じないからだ。
 多分その声と私の思考はいよいよ持って同調したのだと思う。
 それはマシュと言う存在に対して感じる思いのせいじゃないのかなと。


 彼女は事あるごとに先輩のサーヴァントと言う言葉を使う。
 それは変わらない事実であるのに。
 言わなくても良い事を、ことさら声高に宣言するのだ。
 それは自分自身への確認にも思えるし、少しずつ数を増した私のサーヴァント達の中で、自分は藤丸立夏のモノなのだと主張する、ある種のマーキングにも思える。


 でも、私が彼女と出会ったのはほんの半年前に過ぎない。
 シュミレーターで酔って気を失った私が廊下で倒れていたのを彼女が見つけたのが最初だ。
 その時から彼女は私を先輩と呼び、理由を聞けばここの誰よりも人間らしいからだなのだと非常に抽象的で哲学的な言葉を吐いた。


 ただその後の触れ合いの中で、彼女は年相応の少女である姿を私に見せた。
 だからこそ庇護欲が生まれ、ことさら私は彼女を気にした。
 それでもただ生理痛に苛まれただけでここまで取り乱すのは解せない。


 彼女が求めている人間的絆は、多分私が考えている物と相当に剥離しているんだろう。
 マシュはよく私に接触を求めるが、そこにあるのは愛情であっても、きっと子が親に求める無意識の物に近いんじゃないのだろうか?
 彼女はいつだか言っていた。わたしはカルデアの外を知らないと。
 だからレイシフト先に行くと、彼女は空を見上げている。
 あの忌々しい輪のある青空を。


 マシュは中学生、或いは高校に入学した程度の見た目だ。
 勿論発育が良すぎる部分はあるにせよ。
 それは精神年齢を加味した上での私の主観だ。


 ならば、その年代でここまで人に依存を求める事ってあるのだろうか?
 カルデアから出た事が無い、このワードに込められている意味。
 それはとても私じゃ理解できない何かが孕んでいる様に思う。


 私はバスタブに揺蕩うマシュの胸を撫でる。
 桃色の先はふにゃりとしているが、私の爪先で軽くこするとマシュは驚いた様な表情になり、そしてマシュ自身が知らなかっただろう声を漏らした。
 そして混乱した様に目を泳がせる。


 これは愛撫だ。そこが気持ちいいと感じる事を分かって私はそうした。
 だからマシュは当然の反応を見せたに過ぎない。
 柔らかかった先は、今はもうかちかちに張っている。
 私は戸惑うマシュの手をとり、そこに導く。
 ほら硬くなっているでしょう? そう教える。


 先輩恥ずかしいです、と消え入る様な声のマシュ。
 でもね、いくら奥手だろうがこんな事も知らないのはおかしいんだよマシュ。
 それは君がどれだけ純粋培養だったのかって言ってるのと同じなんだよ。


 私はどういう表情をしていいか分からずに混乱するマシュを抱き寄せ、母親が子供にする様にぽんぽんと頭を撫で叩く。
 彼女はほにゃりと表情を緩め、先輩暖かいですと私に体重を掛けたのだ。


 ごめんねマシュ。これはきっとただの八つ当たりなんだよ。
 正直に言うと、世界が滅びた所でどうも感じないのだ。
 宇宙で新たな星が産まれたとしても、いつか滅びるのは決まっているのだ。
 それはただの真理で節理だろう。


 あのオリオン座の真っ赤な星。ベテルギウス。
 何故赤いかと言えば、それは星の寿命が進み膨張しているかららしい。
 その末路はビックバンと言う名の爆発と崩壊。
 そこに新たな宇宙が産まれる。


 元の世界だって人間は自然を食いつぶしていた。
 便利だからと言う理由で、まるで貯金を食いつぶす様に自然を壊して生きていた。
 だからあと数百年もしないうちに、きっと人間以外の生物だけが地上に住んでいたと思う。


 快適なのも便利なのも否定はしないし、むしろないと困るよ。
 でもそれとここの話は同列には語れない。
 それは分かっている。
 だけど、顔も知らない誰かの為に一生懸命にはなれないんだよ。


 爆破テロを起こしたレフ教授も、この前出てきたソロモンも。
 よく分からないけれど、ああ言った連中がこの状況を作っているらしい。
 なんだろう、よくある悪の組織みたいな。
 存在そのものがギャグみたいだよね。


 奴らがこの狂った世界を望んだからこうなっている。
 で、私と言えば対抗できる存在である英霊を束ねるマスターだ。
 大義も大いにあるでしょうね。
 でも何故私がマスターかと言えば、私以外の資格者が死んだからだ。


 ロマンは何度か私に確認をする様に「立夏ちゃん、いいんだね?」と言った。
 何が良いんだろう? やるしかないからやってるだけだよ。
 死にたくないからそうするの。
 でもね、何回レイシフト先でパンツを取り換えたと思う?


 尿をちびったレベルじゃないよ。
 怖すぎて脱糞したんだよ?
 恥ずかしいなんて思わないわ。
 だってマシュが血を流したり、エミヤの剣で裂かれて敵の首が飛んだりしてるんだもの目の前で。
 たかが脱糞したって洗えば済むでしょう?
 問題はそんな狂った状況にいながらも、またそこに行かなきゃいけないと言う事実なんだよ。


 そう言う想いが積み重なって、私はこれではマズいと思ってロマンに我儘を言ったんだ。
 これじゃ確実に壊れる自信があるもの。
 ロマンは難色を示した。
 彼は優しいよ。でも、レフ教授に裏切られて使い物にならなくなった所長の代行としての責任がある。
 だから半日なら何とかするって笑ったんだ。
 横で私の表情が歪んだのが気が付いたんだろう。
 ダ・ヴィンチ女史がロマンって声を掛けたけど。


 でもロマンが笑った事が引金になったんだ。
 何笑ってんだお前って。
 私は号泣しながら叫んだ。
 周囲の職員もみんなこっちを見ている。
 でも止まらなかった。


 世界なんか滅びたっていいよって。
 どこにゴールがあるの?
 なんで普通に私を前線におくれる訳?
 そうだよね、私しかいないからそうするんだよね。
 分かるよ、でも元々自分はそうなる為にここに来たんじゃないんだよ?


 レイシフト先で私は何人も殺しているんだよ。
 英霊に命じようが、吐き気がするんだよ?
 歴史が修正されて、この気分は消えるのか?
 お前らそのハイテクで私の主観で追体験してみろよ!


 多分私はそんな事を全部ぶちまけた。
 最後は固まる面々をよそに、テーブルに拳を何度も打ち付ける私を、実体化したレオニダスさんに抱きしめられて終わった。


 ごめんね立夏ちゃん、ボクはヒトへの思いやりにかけていたよってロマンが言った。
 とても寂しそうに。
 それでも彼らが掲げる大義と、私が私の意思で特異点に赴ける意思は重なっていないと思う。
 ただ私がそうであるように、彼らもまた同じく巻き込まれているのだと理解はした。


 その後はダ・ヴィンチ女史がいつもの突き抜けた調子で言ったのだ。
 立夏君がここまで腹を割ったんだ、どうせなら君たちも吐きだしたまえって。
 そしたら出るわ出るわカルデア職員のストレスが。
 ロマンが目を白黒させていたのがおかしい。


 万能の天才、ほんとさすがだわ。
 一瞬で空気をかえて、ついでに溜まっていた澱を吐きださせたんだから。
 多分これはいい切っ掛けだったし、その後職員さんたちと色々話して私ももう少し頑張ろうと思えた。
 世界なんて今でもどうでもいいけれど、この仲間たちを死なせたくは無いもの。


 ただこの時も、マシュは少し離れた所で激情を見せる私たちを観察していた。
 感情がぶつかり合う姿を、後に彼女は私にその感想を述べた。
 とても凄かったです。人間ってすごいですねって。
 ねえマシュ、それは映画とかを見て感想を言うニュアンスだよ。


 まあその時はそれで終わり。
 で、職員さんたちの不満の第一位は、食事のメニューの事だった。
 彼らはきっと私よりもストレスが酷い。


 それは何故か。私と言うカルデアス内の世界に本来存在していない人間を、世界に対していてもいいんですって誤魔化すための作業を延々と行っているからだ。
 それをしないと私はいない物として世界に溶けてなくなるらしい。


 だからこそリアルタイムで計器をチェックし続けなければならない。
 一応交代制で休憩は取れるらしいが、現場のトップであるロマンが休まないからそういう空気にもなれないと言う。


 そんな彼ら、彼女達は言うのだ。
 栄養学的な意味では無く、ビジュアル、食感、そう言うものに特化しただけの食事、つまりジャンクフードを食べたいと。
 栄養摂取用ゼリーがここの主食だからね。
 私らはレイシフト先で普通の物を食べるけれど、彼らはそれが出来ない。
 いや時間があればできるよ。でもそんな時間が無いから栄養ゼリーになるだけ。


 私は前世でも自炊していたし、美味しいものが好きで凝った料理も作っていた。
 なら自分の息抜きと、彼らへの恩返しを同時に行えると、ロマンにとにかく3日の時間を確保してと頼み、職員さんと私は休暇になった。
 3日と言ったのは、レイシフト先で食材を失敬する時間がいるからだ。


 冬木に行けば街は燃えてるがまだ大丈夫な商店もある。
 そこに行って食材や調味料を頂くのだ。
 お気に入りのレオニダスさんを連れて山賊のマネ事である。
 でもレオニダスさんってたまに裸で豹と戦えとかキチガイ発言するからなぁ。
 あ、勿論マシュも同伴だよ機嫌悪くなるからね。


 で、食材集めの旅に出ている間、職員さんたちはローテーションで休みにしてもらった。
 のんびりしてもいいし、好きな事をすればいい。
 休んでいいよって言われて休む事自体が癒しだからねえ。


 戻ってきたら料理が得意だと言うエミヤに手伝ってもらって料理を始めたのだ。
 私の中でジャンクフードはイコール粉モンみたいなイメージがあって、それに加え職員さんにイギリス人が多いから、ウスターソースにも馴染があるだろうって理由もある。


 最初は一人でやってたんだ。
 大量のお好みを作るから、キャベツを山の様に千切りしなきゃいけない。
 生地ももったりふんわりしているのが好きだから、山芋もいっぱい擦らなきゃならないし。
 そしたらいつの間にか実体化したエミヤが一人で大丈夫かマスターって言うんで、料理出来るのか? と聞けば、割と自信があるが好きでそうなった訳じゃないんだと遠い目で苦笑いをした。
 ならやってよと言うと、例のトレースオンとか言って妙に輝く自前の包丁を出すと、残像が残る速さでキャベツを千切りにしたのだ。


 やっぱり英霊って凄いねと素直に感想を言ったら、さらに苦笑いしていた。
 まあそうか、料理の英霊とかヤだよね。
 でも彼に任せて正解だった。
 レシピを言うと、ほぼ思った通りに作ってくれたしね。


 なので私は焼きそばに専念できた。
 マシュは手伝いたそうにしていたが、今回は見てなさいと言った。
 だって料理もやはりした事無いって言うんだもの。


「先輩っ、エミヤさんっ! 皆さん喜んでいましたよ!」


 私がテキヤのニーチャンみたいに延々と焼きそばを焼いていると、マシュがこっちに小走りで駆けてきてそんな事を言った。
 ほんとに心底嬉しそうな様子で。
 まあイラッとした時はガッツリした物を喰う、これが一番だよネ。


 そうして一段落した私はマシュと並んでテーブルにつき、その向かい側にエミヤが座った。
 なんだろうね、元男だけれどこいつはほんとかっこいいと思う。
 何だよその体勢は。長い足を組みながら斜めに椅子に腰を掛け、ティーカップを傾ける。
 こいつ絶対あれだよ、女受けいいの分かってやってるぞ。
 似あっているからいいけれど。
 ってマシュ、なになに? なんで袖を引くの?


「せんふぁいこのやひひょはおいひぃでひゅ」


 ああそう、そうなんだね。
 でもマシュ、口の中を空っぽにしてから喋ろうね?
 私はソースで汚したマシュの口元をむぐむぐとナプキンで拭いた。
 それを見ていたエミヤがフッとニヒルに笑う。


「どうしたのエミヤ? 何か面白かった?」
「ははは、そう尖がるなマスター。いやね、君たちは年の頃はそれほど違わないはずだが、まるで親子みたいだなと思ったのさ」
「あー……なるほどね。でもまあ、マシュは可愛いからそうなっちゃうよね」
「先輩酷いですっ! わたしは先輩の後輩なのですからっ!」
「あーはいはい分かった分かった。マシュちゃんはかわいいでちゅね~」
「もうっ!」


 ぽかぽかと叩いてくるマシュをあやしながら私もお好みをぱくり。
 やばい、私が焼くよかよっぽど美味いわ。
 何だろう、これ普通に店で出てきてもおかしくないわ。
 私は思わずエミヤを凝視してしまう。


「……どうしたマスター?」
「エミヤあんたさ、もう料理の英霊って名乗りなよ今度から。これは凄いわ」


 これは心からの称賛だ。
 こんなに素直に人を褒めるなんて私はしないからね普段。
 流石ですよエミヤ。
 ねえマシュもそう思うよね?
 そう言うとマシュはこくこくと何度も頷き、エミヤさんは凄いですと言った。
 ほらね?


 ふと見れば、テーブルに突っ伏すエミヤがいた。
 よく分からないが、胸がすいたと思う私がいる。


 なんだかんだでいつも世話を焼いてくれるエミヤ。
 私は知っているんだよ。
 こいつは人の気持ちを察する事に鋭いんだってさ。


 あの冬木で襲い掛かってきたくせに、その後のフェイトとか言う機械で英霊を呼ぼう! ってダ・ヴィンチ女史に言われるままにやったら最初に出て来たのがエミヤだ。
 サーヴァントアーチャーって呼べって言ってたけれど、その後アーチャーは他にも来たからね。
 なんでアーチャー呼びは禁止ですって苛めてたらエミヤでいいって言ったんだ。
 白髪に褐色でむきむきボディとか名前とのギャップ酷いんですが?


 まあそんな出会いだったが、マシュの盾に助けられて無事で済んだ物の、こいつめ……と最初は思っていた私だが、事あるごとに出てきては皮肉をいいつつ私を笑わせたり怒らせたりする。
 でもそれをエミヤがする時は、大概私はぼーっと虚空を見つめている時だ。
 そんな時って頭の中ではネガティブが渦巻いているんだよね。


 修正されたら無かった事になるかもしれないけれど、それでも特異点では襲われたら倒さなきゃいけない。
 敵であっても倒せば消える前に血を流したり、断末魔の悲鳴を漏らしたりするんだよね。
 それはふとした時にフラッシュバックして気持ち悪くなる。


 最近では随分と指揮らしき事を言えるようになった。
 マシュ、レオニダス、両側から挟み込んで。
 そう、ならクーフーリン、ルーンをお願い。
 作業の様に敵を倒す。


 それはしなきゃいけない事なんだけれど、心に澱はきちんと溜まっていった。
 だから無事に戻るとマイルームではぼんやりとする。
 そんな時はどこからかエミヤがやってきて私を揶揄ったり馬鹿にしたりする。
 怒って蹴ったり追い掛け回したりすると気が付いたら気が晴れていたりする。
 完全にオカンだよねエミヤ。


 感謝しているよ?
 英霊以上に得体の知れない自分はいつまでたっても心のバランスが取れない。
 だからこういうのは大歓迎だよ。


 でもね?
 それとこれとは別なんだ。
 やられたならやり返す。
 そう教えてくれたのは外でも無いエミヤだもの。
 意趣返しはしなければ。


「令呪を持って命ずる。料理の英霊エミヤ、とびきり美味しい紅茶をいれなさい!」
「………………なんでさ」


 やったぜ。 
 明日からもまた戦えるな、そう思った。

TSして藤丸立夏になった男だが、好き勝手にやってたら某ぐだ子みたいになってた件1

この小説を書いた犯罪動機について


TSモノを書いた事が無いのでヤってみた
FGOをやっててモヤっとした事をネタにしてみたかった
特異点での出来事はさしてどうでもいい。
ほぼ原作通りになったんじゃね?
ただぐだ子はどう思ってんだろう? という内面の吐露を書きたかった。


この作品の予備知識:
現実→FGO藤丸憑依
原作知識→なし
独自解釈
チート→なし
原作改変でお送りします。


―――――――――――――――――――――――――――


 普通のサラリーマンをしながら、収入の殆どを趣味に投じて満足する。
 それが自分の趣味だった。
 かと言ってそれが永劫に残るメモリアルな物では無く、ある日ふと飽きたと思った瞬間には無意味な物に転じる物だ。
 とは言え趣味なんて物の多くはそんなものだろう。
 刹那的であるからこそ刺激があるからして。


 サブカル。
 サブなカルチャー。
 カルチャーは文化。
 つまり絶対に本筋になれない脇役的な、或いは隙間的な物がサブカルだ。


 そのあまりのどうでもよさが俺は好きだと思っている。
 平面に描かれた美少女を眺め、まるで自分がその中の登場人物の様になったと夢想する。
 本当に無意味だけれど、少なくとも垂れ流す時間だけは満たされている。


 そんな断片は俺の部屋を埋め尽くし、他人が見たら気味悪く思うだろう。
 気持ちが悪い、そう言うかもしれない。
 だがしかし、絶対に他人に公開しないからこそここは俺の聖域であり、唯一自分が呼吸をして生きているのだと実感出来る倒錯した空間だ。


 ある日仕事に行き、総務で内勤をしている割と可愛い容姿の女子職員と話す。
 内容は年末年始に連休をとる為の有給休暇の申請だ。
 割と胸元の開いたデザインのわが社の制服。


 彼女は俺の差し出した書類に不備が無いかを確認するために俯く様な姿勢で下を向く。
 すると彼女の制服に包まれた豊満な胸は下着で拘束しているとはいえ、重力に従う。
 俺は何の気なしに彼女の胸元を見れば、なんとブラウスの隙間から柔らかそうな谷間が見えるではないか。


 だがしかし俺は彼女の鎖骨のくぼみ辺りに視線を移す。
 そこには特徴的な黒子があり、哀しい事に産毛と言うには妙にメラニン色素の濃い体毛が一本伸びているのだ。
 俺は思うのだ。ああ、煽情的な彼女の女性的な魅力。
 だが結局はその黒子と言う一点で台無しではないかと。


 これは暴論だ。極論であり俺と言う一方通行な主観に過ぎない。
 けれどもピンストライプの入ったグレーでタイトな俺のブッルックス・ブラザーズで購入したスーツ。
 その内ポケットには俺が密かに忍ばせてあるとあるフィギュアがある。


 それは小学五年生くらいの美少女で、実は魔法少女なのだ。
 これのどこが小学生なのかというプロポーションを包む、何故か煽情的な色気のあるコスチューム。
 だがしかし彼女は無邪気な微笑みを浮かべており、まるで天使だ。
 彼女には黒子もなければムダ毛も無い。


 俺はそれを密かにジャケットの上から撫で、不備をチェックする彼女に向かって言うのだ。
 勿論それは心の中であるが……君は残念ながら穢れているのだよ、と。
 俺は、いや私は心の底から紳士であり、天使である魔法少女に不埒な思いは抱かない。
 ただ在るがままを愛でるだけだ。
 そう、君の様なババアなどお呼びじゃないのだよ、と総務の彼女に密かな悪態をつきつつ。


 そんな紳士である私は、休日の午後、ネットをぼんやりと眺めていた。
 そこはソーシャルなアプリケーションを介したリアルタイムのコミュニケーションが当たり前の現代で、何故か前時代的な自分でリロードをするタイプのテキストによるチャット部屋だ。


 ここには私の様な紳士が集まる社交場だ。
 それぞれの志向から思考される至高の想いをぶちまける場である。
 ここでは時折考えの相違から、小さな戦争が起きたりもする。
 だがしかし小さな少女を愛するという一点において繋がっている我々は、やがて思いのたけを全て吐きだした後、ノーサイドの精神で分かりあうのだ。


 その日の議題は昨今のライトノベルやノンプロの創作小説などで話題になっている異世界への転生についての話だった。
 ある日なんらかの理由で主人公は死に、その結果神や仏めいた超越者に誘われ、彼らは本来持ちえない強大な能力と共に異世界に向かう。


 それは焼きたてのデニッシュにソフトクリームと大量のメイプルシロップをぶっかけ、さらには粉砂糖までトッピングしたスイーツよりも主人公に甘いご都合主義のストーリーだとしてもいいのだ。
 問題は自分がもしその立場ならば、紳士として何をすべきなのかって事なのだから。


 主人公が何をしてもいい。
 魔王を倒してお姫様に好かれてもいいし、奴隷を買い漁り小さなヒーローでドヤ顔をしたっていい。
 逆にそれをしなくたっていいのだ。
 何せ世界は自由なのだから。


 ところがこの社交場にデビューして間もない紳士見習いA氏がこんな事を言った。
 やあロリ奴隷を買い漁ってリョナ経由の孕みックスでもしたいな、と。
 何たる冒涜であろうか。
 ただちに社交場は血みどろの最前線に早変わりだ。


 我々は紳士だ。紳士はすべての少女に救いをもたらすべき大人なのだ。
 リョナなどタブーどころの話じゃない。
 紳士どころか人間のクズである。
 なるほど、紳士の皮を被った部外者が我々の対立を煽る為に潜り込んできた様だ。
 どれほど無限にある性癖だとて、少女を汚す行為は慎まれるべきというのは暗黙の了解だ。
 故に我々は憤りを露わにしたのだ。


 私はキーボードを叩きつけるように打ち込んだ。
 どんな世界だって、どんな相手だって、それが少女では無い女性であっても、紳士であるなら全て救って見せるさ! ってね。
 きっと紳士の円卓にいる諸君は画面の向こうでスタンディングオベーションをしている事だろう。
 だがしかし、誰からの返答も無い。
 その対立を煽る不届き者からすらも。


 首を傾げる私だったが、その時画面が勝手にリロードされ、たった一行の言葉が現れたのだ。


『なら救って見せて欲しい。紳士たるキミにはその資格があるよ』


 当たり前だ! とディスプレイの前で声を張り上げ拳を突き上げた私だ。
 その姿勢はそう、我が生涯に一片の悔いなしと天に拳を向けた拳王のよう。


 だが次の瞬間、私はどこか見知らぬ空間にいた。
 どこか現実であって現実では無い場所だ。
 自分がいる場所は何やら高い塔の上の広間だ。
 見れば世界の果てまで見渡せる様な絶景。
 下を見れば色とりどりの花が咲き乱れており、高い所が苦手な私でも、暫く下を見続ける程の絵画の様な景色。


 言うなれば想像しうる最高の理想郷ではないか。
 私はその花園に立ち、無垢な少女が花と戯れるのを眺める。
 なんて素敵なのだろう。
 ここにいれば世界すら無垢であり、最早衣服など纏う事すら不要だ。
 理想郷に不純物などいらないのだから。
 さあ少女よ、そんな物、取り去ってしまおうじゃないか……。


 そんな妄想に嵌っている私に、誰かが声をかけてきた。
 見ると白髪の青年だった。
 彼は酷く女性的な印象のある青年で、白いローブの様な物を纏い、宝石の様な大きな石のついた長い杖を手にしている。


 彼は酷く柔和な微笑みで私を見ると、どこかえなりかずきみたいな鼻声で言ったのだ。
 君が言ったどんな女性でも救うという言葉、それをしてもらおう、と。
 何を言ってんだお前……思わず紳士言葉が崩れてしまう程に目の前の青年の言葉にイラっとした。


 なんだろう、彼は一般的には人間離れした美青年なのだろう。
 だが何故だか分からないが、生理的に腹が立ってしまう様な雰囲気がある。
 彼はさらに続けた。私は人間が好きなのだと。
 だから不幸な彼女をどうか救ってほしいと。


 なるほど、分からん。
 私がそう言うと、彼は私を見て微笑みこう言った。
 とある王の話をしよう、と。
 何故だろうか、さらに私はイラついた。


 私は表情に明らかな嫌悪感を滲ませながらそれは遠慮するとキッパリと言った。
 紳士たるもの、いかなる時もNOと言える人間たれと誰かが言っていたしな。
 信念は曲げちゃあいけない。


 するとどうだ、彼は困惑し、そして焦りだした。
 あれおかしいな、これで大概の人間は釣られたのに……。
 いっそ女の子の姿で来るべきだったか……? などと呟く。
 これは紳士たる私への挑戦とみていいのではないだろうか?
 よろしい、ならば闘争だ。


 実際私は無意識のうちに身体を最大限に捻り、後は拳を繰り出せば彼の顔面に吸い込まれるだろうと言う準備を始めていた。
 そうまるでステゴロの天才、花山薫の様に。私には彼の様な体重は無いがスピードには中々自信があるのだ。
 こんな訳の分からない場所に攫っただろう目の前の優男に鉄拳制裁を加えてやるのだ。


 すると彼は狼狽しながら話を進めさせてくれと遮った。
 暴力はいけないと諭す様に言いながら。
 仕方ないがその後話を聞くと、どうやら彼はイケメンのえなりかずきめいた声の超越者的な存在らしい。
 魔術師とか言う職業でもあると。
 なるほど魔術師か。ならせめてあの偉大なマギー司朗の様なユーモアを見せて欲しい物だ。 


 そして人類はとても脅威に瀕しており、彼は大好きな人間が滅ぶことが忍びないから陰ながら手助けをしたいのだという。
 いかん、これはとてもヤバい。
 これはもしや、世間でよく言われる意識高い系なのか?
 意識高い系と中二病があわさり最弱に見える。
 例の社交場にもここまで酷いのはいないぞ?
 何というか私は色々な部分がぶっとび過ぎてて形容しがたい気分になった。
 こいつ逆にすげえな……的な意味で。


 彼はもしかしたら疲れているのかな? そう思い、私は出来るだけ慈愛の表情で彼の肩を叩いた。
 やあ君、少し休んだ方がいいんじゃないかな? ってね。
 そしたら彼は突然憤慨し、「ええいもう面倒臭い、もうキミには向こうに行ってもらう」と叫びながら、その杖を棍棒めいた勢いで私の頭を殴ったのだ。
 殴る? いや違う。在りし日のランディバースの様な豪快なフルスイングで彼は私ごと塔の外へ向かって飛ばしたのだ。
 もういいから行ってくるんだ、頑張ってくれたまえ。君には素質があるからって笑いながら。


 そのままコミカルな漫画の様に、花園の上空をどこかにすっ飛ぶ私であった。
 そしてもし機会があるのなら、絶対あの野郎だけはボッコボコにしてやると密かに決意する私であった。
 温厚な私であるが、長くは無い私の生涯で一番激怒したのはこの時だった様に思う。


 それにしても綺麗な花園だったなあ。



 ☆



「先輩! ここにいらっしゃったんですか? 一緒にご飯を食べにいきましょう」


 なるほど、どうやら私はもう先輩と言う名称で固定されているらしい。
 どうも慣れないが、彼女はそう呼びたいらしい。
 そもそも彼女とは付き合いが殆どないのだ。


 それでも何というか、今の私の本名らしい藤丸立夏と呼ばれるよりはマシだからいいのだが。
 何かこう所謂キラキラネームめいたニュアンスで嫌なのだ。


 あの白いローブの魔術師。えなりかずきめいた声のイケメンに殴られあの花園からフライアウェイした私は、そのまま意識を失った。
 それはそうだ。飛び降り自殺を行う人間の大半はその途中で気を失うとか聞いた事があるが、私の場合はどこに落ちようと即死確定な上空を滑空していたのだから。


 その後気が付いた時に既に、私は赤子になっていた。
 それも何と言うか出産前というか、臨月の胎児として。
 その暖かな羊水の中で揺蕩いながら、外から聞こえるエコーのかかった母親らしき女の声を聞いていた。
 もうね、心地よすぎて産まれたく無かった程に素敵な場所だったな。


 でも結局は産み落とされ、私は藤丸立夏になったのだ。
 名前からして前の生涯と同じ日本人で安心した物だ。
 その後は特に珍しい事は何もなく、当たり前に義務教育を終え、大学進学を控えていた。


 前世の記憶があると言う事は中々に有利で、前が理系の大学に通っていた事もあり、受験などは特に苦労せずに終えられた私である。
 ここまではまあいい。だがしかし、藤丸立夏となった私には問題が2つ程あるのだ。
 そしてそれは中々に厄介で、私の意思ではどうにもならない事柄なのだ。


 まず一つ目。私と言う藤丸立夏は女である。
 もう一度言う。私は女だ。
 勘弁してほしい本当に。
 少女が大好きな私が、女性として少女を愛するなんて業が深いににも程があろう。


 だいたい30年からの時間を、私は男として過ごしてきたのだ。
 今日から君は女だと言われようと、じゃあ心も女になりますとか無理である。
 よくその手のトランスセクシャルなラノベや異世界小説的なのを読んだことがあるが、魂は身体に引きずられるなんて常套句を理由にアジャストしたりするが、ふざけるなと言いたい。


 どう足掻いても心は男なのだ。
 分かるだろうか? 私である藤丸立夏は自分で言うのもなんだが、日本人離れした美人だ。
 そこに愛嬌と言うか、ビューティフォーにキュートが混ざった愛され系女子なのだ。
 そんな私が中学高校と進学する中で、月一程度で男子に告白をされる気持ちを。


 元々の私は男性であるからして、男性の視線がどこを向いているかを女性以上に理解している。
 ああこいつ、私の豊満な胸を見てやがる。いや待てよ、そのままうなじ経由で鎖骨をチェックしているぞ? なるほどこいつはお目が高い……そんな感じで。
 でも私は男なのだ。確実にセックスの対象として見られつつ、君が好きだ付き合ってほしい等と言われる訳だ。


 そんな誘いにホイホイ乗ればどうだ。
 それほど時間も経たずに私はその男に美味しく頂かれるに決まっている。
 勘弁してくれ。私は凹凸の少ない桃色の丘が好きで、くびれのほとんどない腰つきを愛しているのだ。


 いや最初は少しばかり愉しかった。
 それはそうだろう。幼稚園児や小学校低学年の自分を姿見で見ればそこはパラダイスなのだから。
 だがしかし、中学にもなりババアの階段を上り始めた私は皮肉にもどんどんセックスアピールの強い肉体になっていくではないか!
 しかもだ、ブラジャーなどと言う面倒臭い下着を毎日するのも腹が立つのだ。


 面倒だからつけなきゃいいやなんて最初は思った。
 だが少し走ったくらいでもこの脂肪の塊は上下し、先端は擦れて痛くなる。
 本当に辛いのだ。故に母親から習った腋の下から肉を集めるように胸をカップに収める、これで貴方も美
乳の持ち主、目指せ愛され女子! 法を習得したのだ。
 というか私の母親はどんな雑誌を見てそのネタを仕入れたのか。これが分からない。
 なんだかすぐ騙されそうで心配になるな。
 母親も私の遺伝子の大元であるからして美人さんであるし。
 まあいい。そう言う風に女性になった苦労は日々続くわけだ。


 さてこれは前座に過ぎない。
 問題は2つ目なのだ。
 大学への入学を控えた春のある日。
 私は衣替えをしようと新宿にあるとあるデパートに向かっていた。
 渋谷じゃない所が私の少しばかりの抵抗と言うか、いかにも女の子ですアピールをしているデザインなど着てたまるかみたいな反逆だ。


 年齢層を20代後半くらいをターゲットにしている落ち着いた感じの服を求めていた。
 下着などはもう少女趣味の母親がいつの間にか買ってきた物を渋々身に着けているが、せめて服くらいは自分で選びたい。
 というかスポーツブラと縞パンで済む体型に産まれたかったなぁ……。


 で、実際にデパートで手早く服を買いそろえた私は、休憩がてら地下にあるカフェに向かった。
 よくあるシアトル系のやつだ。ここは喫煙が出来るから重宝する。
 東京で暮らしながら喫煙者をやるって言うのは、繁華街に出向いた時に喫煙可の店を把握していないと辛いからね。
 とは言えヘビースモーカーになると自慢のオレンジ色の髪が臭くなるので、メンソールの電子煙草だが。
 ニコチン目的と言うよりは、あのメンソールの独特なアタックが好きで吸っている。


 まあいい。で、休憩をしようとそのカフェニに向かった私だが、その目的地の手前に、見慣れぬブースがあるのに気が付いた。
 そのブースは献血を募る目的らしく、背後のパーティションで仕切られた場所には献血にしては妙にラグジュアリー感のある高そうなリクライニングチェアーが何脚か並んでいる。
 血が足りていません、貴方のご協力をお待ちしていますとブース前で呼びかけをしている職員は、白衣を纏った外国の血が入っているだろう女性だ。


 そのイントネーションを聞けば、普段は英語を公用語にしているのが分かる。
 まあすらりとした美人であり、私には何の興味も惹かれないが。
 私はふと彼女と視線があった事に気が付く。
 その結果、特に考えもせずに献血をする事に決めた。


 なぜそうしたか、その理由を強いて言うなら、身体が若干重く感じたからだ。
 この感じだとあと数日以内に月経が訪れるだろう。
 流石に17年間も女をやっているとそれくらいは分かる。
 だから献血をして少し血を抜けば気分が晴れるかも? 私はそう無意識に思ったのだ。


 で、献血の職員の女性は、私から血を抜きながら、どうせなら肝炎やエイズの検査もできるのでしませんか? と言う。
 ならやってくださいと私は言った。
 エイズになる様な覚えはないが、肝炎などは幼少時の病院治療などで知らない間になっているなんて事もあるから、なら調べて貰おうと思ったのだ。まあ無料だしね。


 するとだ。私から400mlの血液を抜いた彼女がその血液をバックヤードに持っていくと、暫くして何やらざわざわと煩くなった。
 一体何だろう? と私は不安になってしまった。
 それはそうだろう。肝炎などの検査をしてもらっているのにざわついていたなら、もしかして?! ってなるに決まっている。


 その結果どうなったか。
 それはあれよあれよと言ううちに、私は海外留学と言う名目でスイスを目指す事になった。
 なんでも、マスター……? とか言う適性が私にあり、国連主導で行っている慈善事業に是非参加してほしいと言われたのだ。


 もちろん私は断った。即答で。
 何故なら既に進路は決まっていたし、私はそこで保母と幼稚園教諭の資格を取って自分で幼稚園を開園するのが夢なのだから。
 何が悲しくて慈善事業に勤しまなければならないのだ。
 そう言うのは好きな人間がやればいいじゃないか。私はただの小市民だぞ。


 でも私の意思とは関係なく、気が付けばドゴール空港行きのファーストクラスに私はいた。
 両親は世界平和の為の国連主導の慈善事業に私が行くと聞いてもろ手を挙げて賛成したらしい。
 職員を介して私が心からそれを望んでいると聞いたらしいし。
 立夏ちゃん、頑張ってね……!! 別れ際、母親は涙ながらにそう言った。
 私、一言も言ってないんだけどなぁ……。


 その職員曰く、3年の任期が終われば大学の卒業資格もくれると言う。
 なんかもう疲れた私はまあいいかと流された。
 その結果やってきたのはスイスどころか、ここは一体どこなんだという僻地の雪山にあるカルデアとか言う秘密組織に連れてこられたのだ。


 聞けば世界の未来を守るための組織だといい、地球儀のおばけみたいな機械を前に演説をする典型的なツンデレ女がいた。
 私はここに連れてこられてからそれほど経ってないのに、何とかという実験が云々的なアレで、今朝からこの不気味なホールに集められたのだ。
 中にはびっしりと外人が席についており、その末席に場違い感を感じつつも私は座る。
 ツンデレ女は何やら楽しそうに叫んでいるが、こっちは何を言っているかさっぱりわからない。
 いや外国語はやってたから英語は聞き取れるんだ。けど固有名詞が多すぎて理解できないの。
 そんな私がこいつ何言ってんだと思って不貞腐れていると、アンタは不真面目だから出て行きなさいとツンデレに追い出された。


 広い廊下にポツンと私。
 慌てて追いかけてきた私を何故か先輩と呼ぶマシュが慰めてくれた。
 先輩が頑張っているのはわたし知ってますって頭を撫でてくれるのだ。
 マシュはここに連れてこられ、後は勝手にどうぞと入口に放置され、なんかこう変なシュミレーターで意識を飛ばされた私が廊下で寝ていたのを起こしてくれた少女だ。
 控えめにいって天使である。


 彼女は多分、13、4歳くらいの姿をしているが、ああもうこれはババアですね……と最初は思ったが、見れば産毛の様な薄い体毛が無かったので全て許した。
 その後は何かにつけて懐いてくる犬の様に私に構ってくる。
 ああ私の部屋だと案内された部屋を占拠していた桃色の髪の男はどうでもいい。
 ピンクは淫乱って昔から言われているから。
 関わらない方がいいに決まっている。
 まあマシュはふわふわだからやぶさかでは無いのだが。


 そんなマシュに廊下で慰められていた私だが、なんだかふつふつと怒りが沸いてきた。
 あのえなりかずき声の魔術師のせいでこんな目に遭った私だ。
 その後どうにか持ち直し、これから大学へ進学し、自分の幼稚園を作ると言う野望に燃えていた私を、こんな理不尽な目に合わせたのは誰だ。
 それはここの所長だと宣うあのツンデレのせいじゃないか。


 なのに不真面目だから出て行けだあ?
 こっちは何の説明も無いって言うのに。
 もう色々と限界に来ていた私は、私の他に47人いるマスター候補が連ねるさっきの部屋に戻り、やい所長こっちに来やがれと部屋の外に引きずり出した。
 他の連中は映画のエイリアンで主人公たちが冷凍睡眠してた箱みたいなのに入ってる様で見えなくなっていたが。


 な、なによ貴方はと強がる所長。
 でも声は震えている。
 マシュは気を利かせたのか、ざわつく会場に戻り時間を引き延ばしている。
 ナイス後輩。


 で私は言ってやったんだ。どうしてここに私が来たかの全てを。
 それをお前は不真面目となじるかと襟首掴んで問えば、涙目でごめんなさいと言う。
 なら許してやろう寛大な心で、と思った瞬間、さっきいた部屋が吹き飛んだ。
 それこそ文字通り。物理的に。爆破テロ的に。
 分厚い隔壁の外にいたから私たちは助かったが、怖い怖いと泣きながら足に縋りつく所長をどかし、私は部屋に急いだ。
 あそこにはマシュがいる。あんな無垢で可愛らしい娘がテロに遭うとか許せないだろ。


 マシュはいた。
 哀しい事に下半身が瓦礫の下に挟まっているが。
 もう諦めたように手を握ってください先輩とマシュは弱々しく言った。
 私が所長に詰め寄らなきゃ彼女は私と一緒に助かっていたのに。
 他の有象無象はどうでもいい。だって話した事すらないのだから。
 けどマシュは何故か気になるのだ。
 ここで失くしてはいけないのだって。


 その心の声があのいけ好かない魔術師の女の子を救えと言う言葉にリンクしてイラっとしたが。
 でも状況は絶望的だ。なんかデカい地球儀も真っ赤にそまって警告しますとか言ってるが煩いよ。
 こっちはもうどうにもならない程に追い込まれているんだ。
 警告するならもっと早く言えよおバカ。


 結局私はマシュの手を握り、なんかもう疲れたから一緒に死んでやるかくらいに思った。
 でも結果は死ぬことは無く、冬木市とか言う火災でどえらい事になっている街に立っていた私だ。
 そしてもう手遅れだったはずのマシュは、近未来的なスクール水着に鎧っぽい外装をつけた姿で私のサーヴァントになったと言うのだ。


 で、その後色々あったが、青髪のローブのニーチャンに誘われ、這う這うの体で洞窟めいたとこまで来ると、マシュとニーチャンが協力しつつ全身黒の趣味の悪い姿のセイバーとか言うのを倒した。
 因みにその青髪ニーチャンがしきりに私の豊満な胸と盛り上がった尻を撫でてくるのでグーで殴ってやった。
 勘ちがいするな、私は触る側であり、触られる側では無いのだ。


 まあとにかくそのセイバーとか言う女を倒した事で、何とか元の場所に戻れるらしい。
 そう言えば戻り際、所長の脇に立っていた影の薄い男が現れ、何やら顔芸を披露していた。
 なぜオルガマリーがいないのかって狼狽しつつ。
 知らんがな。誰だよオルガマリーって。
 するとマシュが所長の事ですよって教えてくれた。


 オルガスムスみたいで卑猥な名前だなとか思ったが言わない方がいいだろう。
 まあその所長なら向こうにいるんじゃないか?
 そう言うと顔芸が凄い怒ってた。お前のせいだ的な。計画が狂う的な。
 だから知らんって。
 イラっとした私は青髪にまたアレをやったってとお願いした。


 アンサズアンサズ、ボカーンボカーン的な。
 涙目の影が薄い男はそのまま燃えて消えていった。
 ざまあみろ。お前のせいで秘密基地がボロボロだよ。
 マシュは何とか助かったけど、あそこにいた殆ど死んでたぞ。


 まあとにかくそうして、私はカルデアに戻ったのだ。
 去り際に青髪が今度はランサーで呼んでくれよなって尻を撫でてきた。
 今度は目をついてやろうかと思ったら金色に光って消えやがった。


 つまり2つ目の問題点とは、なし崩しのまま私はオカルトの世界に足を踏み入れ、その中心人物になってしまったと言う事だ。


 カルデアに戻った私を迎えた所長ことオルガマリーさん。
 あの影が薄い男が死んで狼狽してたけど、あいつがテロの犯人だよって教えたらガン泣きしてた。
 その後まあ、言い方が悪かったなと反省し、頭を撫でてやってたら懐かれた。
 お前コミュ症かよってレベルでちょろいな。


 で、結局、私以外のマスター候補が死んだり瀕死だったりで使い物にならず、結果的にカルデア唯一のアマスターになったのだ。
 逃げればいい? 無理無理。
 あの地球儀が赤くなったせいで、この場所以外は消えてなくなったんだってさ。
 なので地球儀の中の過去の時代に戻ってその原因を無くさなきゃダメなんだって。


 ならやるしかないでしょ。他に人がいないんだから。
 そこから半年近く、何度も酷い目に遭いながらもなんとか特異点を4つ修復した私である。
 とは言えこれでやっと折り返し。
 この修羅場が同じだけまだ続くのだ。


 まあいくつか嬉しい出来事はあるがそれはまた別の機会にでも。
 私は右手に腕を絡めてくるマシュと食堂に向かうのであった。
 このままのマシュでいつまでもいて欲しい、そう思いながら。


 ああ、故郷の母親の煮物が恋しい。
 最近はそればっかり考えている私である。